カイルがヴィクチャ地方へと逃れてから3ヶ月の時が流れた。

 それだけの時間があれば状況が変わったかもしれない、とカイルは一度セザールタウン

へと足を運んだ。

 しかしカイルの目に映るその姿に過去の賑わいなんか無く、戦場となった後を彷彿させ

るかの様な瓦礫の山だけであった。

 人の姿もそこに無く、それどころかつい最近まで人であったであろう物体の姿まで目に

映った。

 よくよく考えれば、国王軍に対してアレだけ劣勢だった民衆軍が何かを起こす訳も無か

った。

 カイルは一度ギルドハウスへ行こうかと思ったが、辺境の地に逃げたと言う形となって

いる手前、遠くでギルドハウスを眺めるだけに留まり中に入る事は止めておいた。

 せめてギルドメンバー以外の人はどうなったのだろうか?とかも気になったものの、何

時何が起こるか分からない状況下であるセザールタウンに長居をする事は危険と判断した

カイルは荒れ果てた街並みを背に再度ヴィクチャ地方へと戻って行った。

 しかし、荒れ果てた土地に変貌してしまったが人の気配まで完全に消えた訳ではなかっ

た。

 カイルが所属をしていたギルドメンバーの一部で現状を分析した者、セザールタウンに

住居していたが危険を察知した者は安全な場所に避難をしていた。

 とは言え、もし国王軍に見つかり襲われれば無事で済む訳も無く不安を抱きながら日々

を送っている様であった。



 とある一室。

 部屋の中央には美しい光沢を放つ物体が立っている。

「遂に完成したか」

 男の声が響く。

 暫くの間感傷に浸った男は物体にゆっくりと近付き手に触れた。

 男はふと自分の腕を眺めた。

 男の視界に光沢が映った。

「遂に身体がこの手に・・・我が力に耐えうる身体がこの手に」

 物体が一歩前へと踏み出す。

「人間など根絶やしにしてくれよう」

 物体は今居た部屋を出た。

 その直後、城の近くで閃光が広がったかと思うと爆音が鳴り響いた。

「人間の兵など要らぬ」

 物体の放った言葉が辺りに木霊する。

 当然城内に人は居た。

 その人たちは突然起こった異常事態に対して何が起こったか分からずに戸惑っていた。

 そんな戸惑いなどお構い無しに閃光が彼等を襲った。

 全くの無防備である人々を襲った閃光は、彼等の肉体を容赦なく引きちぎり、辺りに無

残な肉片を晒しだす事となった。

 そんな中で辛うじて冷静さを取りとめたもの、運の良かった者だけがこの場を逃れ生き

延びる事が出来た様ではあった。

 そんな異常事態であったのだが、その気配をいち早く気付く事が出来、その未知なる力

に対して抵抗する事の出来る人間も居る。


「・・・何者だ」

 の前に立つ魔術師の風貌をした一人の男性。

 彼が問いかけた瞬間、男性に閃光が襲う。

 しかし、人々を虐殺したのと同じ閃光が収まったそこには男性の姿が見える。

 男性は一つ印を結ぶと、彼の回りに強力な魔法力が集まり男に向けて放たれた。

 男は強力な魔法に包まれたのであるが、傷一つ付く事は無かった。

 予想の範囲内だろうか、男性は眉一つ動かず再度印を結んだ。

「き・・・貴様」

 物体が低くゆっくりとした言葉を発した。

「目的は何だ?」

 男性が冷たく言い放つ。

「・・・有り触れている」

 暫く間をおいて男性がポツリと呟いた。

「自分を封印した者に報復をして何が悪い」

「・・・悪いとは思わんな」

 男が印を結びなおした。

「だが、人類を滅ぼそうとする者を見逃すわけにはいかない」

 直後、強力な魔法が再度物体を襲い掛かった。

(私一人の力で倒す事は出来ない・・・か。だが動きを封じる事は容易だ)

「ぐ・・・」

(・・・後は彼等に託そうではないか)

彼の放つ魔法により不思議な力に取り込まれた物体は身体の自由を奪われていた。

鋭い眼光で術者を睨みつけ、その呪縛を解き放とうと何度ももがいて見るも全く身体を動

かす事は出来なかった。



再度ヴィクチャ地方に戻ったカイル。

彼はこの先どうなるか、不安を抱えながら遠くを眺めていた。

(何だろう・・・この気配・・・?)

特にあても無く道を歩いていたカイルが、突然全身に悪寒が襲う感覚を感じ取った。

異様な感覚を確かめるべく周囲を見渡してみたのだが、コレと言って変化がある訳ではな

かった。

特別な変化の見られないその様子から何事も無いと思いたいところではあったのであるが、

自分の感覚がそれを認めようとしなかった。

(ここに居てはダメな気がする)

不安に満ちた感覚に襲われたカイルは、不穏な気配を発する場所へと移動する事にした。


「え・・・?」

カイルが辿り着いた場所。

そこに降り立ち彼の視界に映し出す映像は彼がイメージしていた物と遠く離れ、その惨状

が驚愕な表情を引き出させた。

本来ならば美しい街並みが広がり、その中央部に聳え立つ美しき構えを見せる居城が彼の

視界に映るはずであったのだから。

(何があったのだろう?)

彼の視界に映った現実、それは爆風かなにか分からないが、何かの衝撃により無残な瓦礫

の山と化した風景であった。

だからと言って落胆しても仕方ない、暫くあっけに取られていた彼は現実を受け入れ正気

を取り戻し美しき構えを見せる居城があったと思われる場所を目掛け歩き始めた。

(血の・・・臭い?)

城の跡地に辿り着いた所でカイルの鼻が異様な嗅ぎ取る。

その臭いに反応し辺りを見渡すと、肉片の様な物が視界に映し出される。

カイルの歯に少しだけ力が込められた。

更に辺りを見渡すと、人間の腕の様な物体が視界に映る。

カイルは少しだけ強い力で瞳を閉じた。

数秒後、キッと瞳に力を込めたカイルは再び辺りを見渡す。

人間の足のような物体や、驚愕な表情を残したまま晒された人間の頭部が辺りに転がって

いた。

五体満足な人も居たのであるが、残念ながら生きている気配は全く感じられなかった。

カイルは自分の首を軽く振り、城の更に奥へと歩んでいった。

奥に進んで行ったからと言って今までの惨状が解消される事も無く、幾つもの無残な死体

が転がるだけであった。

最初の方は気力を振り絞り耐えていたカイルであったのであるが、度重なる惨状を目撃す

るにつれ、言葉に表せない吐き気が襲うようになっていた。

『引き返そうか?』大した時間は経っていないにも関わらず何度もそう思っていた。

しかし、彼が察知した感覚はこの先にある、とカイルの脳が感じ取っていた。

引き返したい気持ちと言葉に表せない吐き気を、気力を振り絞って耐えながらも一歩ずつ

ゆっくりと進んでいった。

一歩、また一歩と進んでいく中で、崩壊していない部屋らしき場所を見つけた。

その部屋に何かあるかもしれない、と入ろうと思ったのであるが、もしその部屋に今以上

の惨状が待っていたらどうだろうか?

耐えられる自信は無い、と判断したカイルはその部屋を無視して先に進む事にした。

あれから何日あるいたのだろうか?

その様に感じさせられる位に重たい時の流れに支配されたカイルであったが、先の部屋か

らもう暫く歩いた所で再び部屋らしき物を見つけた。

その部屋を視界に捉えたカイルは、一瞬だけ視界に入れた後、先程と同じ考えをしすぐさ

ま視界を部屋から外した。

更に数歩前に進む。

何処まで歩く必要があるのだろうか?と少しばかり疑問を抱いた所で、彼が不穏な気配が

強く感じるような気がした。

(・・・ここに入れ、と?)

カイルは部屋を見つめながらもし、その部屋に入った場合に見せられる様々な惨状を頭に

描く。

そして一度瞳を閉じ、小さく深呼吸をする。

相変わらず彼が感じ取る気配は強いままだ。

もう一度小さな深呼吸をする。

この気配を辿ってここまで来たんだよな。

覚悟を決めたカイルはこの部屋に入る為に一歩、また一歩と近付いていった。

「カイルか?」

彼が部屋の入り口に辿り着いたと同時に男の声が聞こえた。

「誰?」

2つ程の間を置いてカイルが返事を返した。

「私だ、カオスだ」

「え・・・?」

あまりにも予想外な出来事に思わずカイルは思考を止めてしまう。

「話がある、訳あって私は動けない。すまないが、この部屋の中に入って私の近くに来て

くれないか?」

「あ・・・はい。」

カイルは、カオスに言われた通り部屋の中へと歩みを進める。

部屋の中に入った彼の視界に映ったのは、両手を前に突き出しているカオスの姿と、鎧の

様な良く分からない物体の姿であった。

更に注目してみると、カオスはその鎧に向かって何やら魔法を掛けている様であった。

《その男を始末しろ》

 その様な光景を目の当たりにし少しだけ動きを止めていたカイルの頭に何者かの言葉が

響いた。

言いようも無い不思議な感覚に襲われたカイルの目が思わず丸くなった。

《その男は偽者だ、隙を突いて貴様を殺そうとしている》

「殺す?」

 カイルは、突然響いた言葉に対し思わず呟き、反射的に右手で剣の柄を握った。

「カイル、セザールタウンの歴史は覚えているか?」

 カオスの発した、研ぎ澄まされた言葉がカイルの耳に届く。

「え・・・あ、はい」

《何をグズグズしておる、貴様の命を狙っている奴が目の前に居るんだぞ!!》

 カイルは少し目を開きながらカオスを見た。

「その思念体が今、ここに居る」

「え?」

 カイルは思わず辺りを見渡した。

「思念体、だ」

 カイルが二つ程瞬きをした。

(今目の前に居るのは・・・カオス先生・・・だよな。自分を殺そうとする気配は無いケド・・・

熟練者なら油断を誘う・・・か?)

《ええい、何をやっておる早くせぬか!》

(何でせかすんだ?と言うよりも、脳に直接語り掛ける魔法なんてあったっけ?仮にあっ

たとしても何で術者の姿が見えないんだ?)

《遠く離れた場所から言ってるんだ、それ位分かれ!》

(・・・だったら何で僕がこの城に着いた時に教えなかったんだろうか・・・)

《ここに来るか分からない奴に対して一々言う訳無いだろ!!!》

(不親切な奴だなぁ)

《それが命の恩人に対する態度か!?良いからそいつを早く殺せ!》

 カイルは右手に握っていた剣の柄を手から離し、カオスに背を向け入り口の方へ一歩踏

 み出す。

「合格だ」

カオスが言った。

「どんなやり取りがあったかは大体想像が付く。もし殺そうとする相手が居るならば大き

な隙を見たのなら、それが意図的と分かっていても何か仕掛けると考え真偽を確かめるの

は良い判断だ」

 カオスの言葉を聞いたカイルはカオスの元へ近付く。

「と言う言葉も嘘である可能性も見据えられたらもう少し点数をやれる」

《く・・・そいつの言ってる通り今言った言葉が罠だ!》

「私の力ではこの思念体をこの場に留めさせておくのが精一杯だ。そこでカイルには生き

残った人達と協力して思念体を倒す為の戦力を整えて欲しい」

《  》

「分かりました」

《  》

「そうだな、まずはカイルが所属していたギルドに行ってみると良いだろう」

「はい」

《  》

「もし、進展が無ければ再び私の所にきなさい」

「はい、それでは失礼します」

《クソッ人間の分際で生意気なッ!!!》

思念体の発する無残な言葉は、カイルが部屋を出て暫くすると聞こえなくなったのであった。




 


 ギルドハウスにて、

「可笑しい」

 ルッセルが呟く。

「まぁまぁ、ちゃんと仕事してくれた方が僕たちも楽ですし良いじゃないですか」

 困惑するルッセルをエリクがたしなめた。

「だけどこんなのはラロさんじゃない」

「確かにそうですけど」

 エリクが、自分達の隣でせっせと作業を行っている中年のおじさんを横目で見た。

「ラロさんはこんな真面目じゃない」

「うーん、確かにあの人は隙あればナンパしてましたからねぇ」

「これは明日槍が降る前触れだ」

 ルッセルが真面目な顔をして言った。

「ははは・・・血の雨はこの前振りましたがね」

 その言葉にエリクが苦笑いをしながら言った。

「・・・冗談になって無いわよ」

 アリアーナが少し視線を落としながらポツリと呟いた。

「それにしても、ラロさんは今まで何やってたんでしょうかね?何を聞いても分からない

の一点張りですし」

 エリクはコップに注がれた水を口にした。

 ルッセルがエリクを数秒見つめ、

「あれはラロさんじゃなくてラロさんの皮を被った誰かだ」

 相変わらず真顔で答える。

「記憶喪失にでもなったのじゃないかしら?」

「あ、そう言われてみればそんな気がしますね、ここ数ヶ月の間の事だけじゃなくて僕達

出会った時からの事も覚えていないみたいですし」

 エリクが空になったコップをテーブルに置いた。

「水のおかわり居るかしら?」

「あ、お願いします」

 エリクが空いたグラスをアリアーナに手渡した。

「皆、ラロさんの本体は何処に居ると思う?」

「ウーン・・・宇宙に居るのではないでしょうか?」

 二つの間をおいて、エリクが応えた。

「そうか、そしたら宇宙へ行く準備をしなくては」

 エリクの冗談を真に受けたルッセルが席を立ち上がった。

「あ、いや、冗談ですよ、冗談」

「なんだ、冗談か、じゃあ地底の底にでも居るのだろうか」

「いや・・・まぁ、すぐソコに居るじゃないですか」

「なに?アレはラロさんの皮を被ったおっさんじゃないのか?」

「いえ・・・絶対とは言えませんが記憶喪失なだけです」

「・・・そうだったのか」 

 ルッセルはよく分からないがその場で落胆をした。

(さっきからずっと言ってたんだけどなぁ・・・)

 エリクが呆れた表情でルッセルを見つめた。

「お待たせ」

「あ、有難う御座います」

 エリクが水を受け取ると再びそれを口にした。

「あら?誰かしら?」

 ギルドハウスに誰かが来た気配に気付いたアリアーナが来客に応じた。

「お久しぶりです」

 カイルは、対応に応じたアリアーナに対し少しだけ視線を外しながら答えた。

「お久しぶりね」

 アリアーナは一つだけ間を置きつつも笑顔を作った。

 カイルは横目で確認したその笑顔に落ち着いたのか、アリアーナへ視線を戻す。

「実は・・・」

 カイルは先程セザールタウン付近で起こった事を話た。

「・・・成る程」

「つまり、そこに行けば脳に直接問いかけられる経験が出来るのだな?」

「嘘・・・だとしても学長の所に言って確認すれば良いだけね」

 カイルの説明を受けた三人が各々の反応を示した。

「いや、まぁ、確かにそうですけど論点はそこじゃないですよ」

「むぅ」

 エリクの指摘を受けたルッセルは少しばかり不服な表情を見せた。

(真面目に言ってたんですか)

 ルッセルが呆れながらエリクを見た。

「皆で力を合わせてどうにかするしかないみたいね」

「そうですね・・・作戦どうしましょう?」

「学長が倒しきれない相手となると、相当な相手な訳よね」

 暫くの間纏まらない話が続いた。

「ウーン・・・ラロさんが復活して・・・もう少し攻撃力が欲しい所ですよね」

「魔術師って皆攻撃力が高いんじゃないの?」

「いえ、人によりけりです。僕の場合は凡庸性はありますが、攻撃力はあまり高くありま

せん」

「ふーん・・・まぁ、一先ずはラロさんを復活させる事を考えましょうか」

「そうですね」

「でも、どうすれば良いんだろう?」

「ここにハンマーがある」

 突然ルッセルが立ち上がった。

「これで頭を叩けば・・・」

「頭が割れるわね」

 アリアーナが言葉を冷たく解き放つ。

「ぬぅ」

 ルッセルが不満げな表情を見せた。

「まぁ、暫くはその方法を確かめる事にしましょうか」



 遠くを見渡せば険しい谷が見え、下を見渡せば流れの早い川が流れている丘の上に二刀

剣士のフィルリークの姿があった。

「様子の可笑しかったラロフィーノの様子が変わった、か」

 一つ呟いたフィルリークが遠くの景色を眺める。

 暫く経った所で歩き出した。

 数刻程歩き続けた所で洞窟が見えてきた。

 中を覗き込むと薄気味悪い雰囲気を感じ取られた。

 フィルリークは臆する事無く中に入り込んむと薄暗い空間が広がり、不穏な空間をゆっ

くりと歩き続ける。

 道中二手に別れる道があったが、何やら記しの様な物を付けた後彼は迷う事無く一方の

道を歩んだ。

 どれだけ行き止りにあったか、どれだけ歩いたのか分からない。それでも苦にする事無

く歩き続けた所で開けた空間に辿り着いた。

 ソコに辿り着いたフィルリークは足を止めて回りを見渡した。

 

 

 

 ラロフィーノを治す方法が全く手がかりの無いエリク達は、其々が分散して探す事にした。

 まずは情報を集めよう、と動き出し暫くの時間が経った。

 僅かなヒントがある様な気はするものの、決定打になる情報は無く、どうすれば良いの

か悩む状態が続いていた。

 カイルもまた、充ても無く情報を探す時間が続いていた。

 偶々ヴュストタウンを調査していた所で、

「あ・・・」

 カイルの耳に思わず漏らした女性の声が耳に入った。

 その様な微量な声なんかは何時もなら特別気にする訳でもないのだが、その時だけは何

故か気になったのか、思わず声のした方を振り向いた。

「あれ?ラニアさん?」

 カイルの振り返った先にラニアの姿が映った。

 一方、カイルの姿を確認したラニアは瞳を潤ませながら彼の元へ近付いた。

「良かった・・・」

 今にも零れ落ちそうな涙を必死に堪えながら声を細々と絞り出した。

「どうかしたの?」

「心配・・・してたのですよ?」

 ラニアは顔を俯かせながら、視線だけをカイルに向けていた。

「心配?」

「争いが起こったんでしょ・・・だから・・・私・・・」

「ウーン、確かにそうだけど、僕は前線に行かないで早めに退避してたからなぁ」

 大げさだなぁ、と内心呟きながらラニアに返した。

「それでも・・・心配だったのですよ?」

 ゆっくりと丁寧な口調だった。

「うーん?気持ちは嬉しいけど、他に冒険者は沢山居るのに何で?」

「え・・・そ・・・それは・・・」

 ラニアは顔を赤らめカイルに向けていた視線を大きく外す。

「んー?まぁ、言えない理由があるなら別にどうでも良いや」

「あ・・・」

 何かを逃したのだろうか?と思わせるかの様にラニアが視線を落とした。

「そう言えば、ヴュストタウンは平和なの?」

 カイルはそんなラニアの姿を全く気にもせず次の話題を提供した。

「え?」

「この街は平和なの?」

「あ・・・えっと、はい今の所は大丈夫です」

「そっか、それなら大丈夫だね」

 カイルが一つ微笑みを見せた。

 それを見たラニアは口と目を僅かに開かせていた。

「あ、そうそう記憶喪失を直す方法なんて知らない?」

「えっと・・・知らないです、ごめんなさい。」

「別に謝る事でも無いケド?」

「あ・・・はい、有難う御座います」

 カイルは、この後も暫くラニアとの会話を続けた。

 程なくして、

「それじゃあ僕は探し物の続きをするね」

「はい、それではまた」

 ラニアは自分との会話を終えて立ち去るカイルに手を振りながら彼の後姿を見届けたの

であった。

 

 

 それから数日後。

「どうやらこの洞窟にある物を使えばラロさんを何とか出来そうです」

 エリクが、テーブルの上に広げられた地図を指差しながら言った。

「そこにはどうやっていけばいいの?」

「うーん、多分歩けば良いんじゃないですか?」

「さらりと答えるわね」

「まさかこの場に転送魔法なんて使える人が居る訳無いですし」

「時空を操る魔法に特化した魔術師が居ればねぇ」

 アリアーナがチラッとエリクを見る。

「僕はオールラウンダータイプですし」

「そうなのよねぇ、それで助かった事もあるから良いのだけどね」

「ははは・・・」

「そう言えばフィルリークさんが転送魔法を使っていた様な?」

「ふぃるりーく?」

 聞きなれない名前に対し、エリクとアリアーナが同時に声をあげた。

「んーまぁ、簡単に言えば物凄く強い人です」

「そしたら、その人は何処に居るのです?」

「あ・・・」

 エリクに尋ねられた所で、フィルリークがカイルに対して発した言葉を思い出した。

(でも、他に手段が無いよな・・・多分)

「国王軍か何かに所属していた様な気がしたのでその辺を調べれば会えるかと」

(最悪学長に聞いてみれば良い・・・のかもしれない)

「うーん、断片的な情報ですが・・・全く無いよりマシかもしれないですね」

「探さなければ行けないのなら歩いた方が早くない?」

「そう言われて見ればそうですねぇ・・・」

 さてどうしたものか、とエリクが腕組みをしたところで、

「ここにラロフィーノ国王は居るのか?」

 ギルドハウス入り口から男の声が聞こえてきた。

 




 ギルドハウスに居た皆が振り返ると、そこには剣を収めた鞘を二つ携帯している剣士の

姿があった。

「フィルリークさん!?」

 その姿を見たカイルは、反射的に立ち上がり剣の柄に右手を吸わせ、携帯している道具

袋の中には左手を忍び込ませた。

「どうしたの?カイル君?」

 アリアーナは、今さっき好意的な空気で出された人物に対して警戒心を剥き出しに表し

たその姿に疑問を示した。

(動かれたら僕は死ぬ、どうする?どうすれば良い?)

「今、国王軍は機能していない」

 カイルの姿を見たフィルリークが坦々としゃべった。

「え?」

 想定外の言葉を聞いたカイルは思わず肩の力を抜いた。

「ラロフィーノ国王は何処にいる?」

 フィルリークが辺りを見渡す。

「呼びましたかの〜?」

 その声に反応した中年のおじさんが彼の方を見る。

「らしくねぇな」

 フィルリークが呟く。

「あれはラロフィーノ王の皮を被ったただのおじさんです」

 ルッセルが口を開く。

「本物のラロフィーノ王はあんな真面目じゃない」

 ルッセルは、相変わらずの真顔で言った。

「そう言われても仕方ないだろうな」

 フィルリークが呆れながら答える。

「気になるのですが、何をしに来たですか?丁度此方としてもフィルリーク殿にお願いし

たい事があるのですが・・・」

「初対面の俺に用件?」

「はい、申し訳ないかと思いますが、とあるものを手に入れるために転送魔法を使って欲

しいと思う訳です。お礼の方は・・・寝床の提供位しか出来ないですが・・・」

「別に転送魔法を使う位構わないし、礼なんか必要ないが?」

「ああ、そうですか、それはありがたい事です、では早速・・・ここに転送して欲しいので

すが」

 エリクがテーブルに置かれた地図の上で指を指した

「ん?ここで何をするんだ?」

 エリクの指し示した指が、つい先程まで自分が居た洞窟のあった辺りを示していた事に

疑問を覚えたフィルリークは彼にその意味を尋ねた。

「ラロフィーノ王を回復させる為に必要な物がそこにあるのでそれを取りに行こうと思っ

ています。」

「そう云う事か、それならその必要は無い」

「え?」

 驚くエリクをさしのいて、フィルリークが小さな小瓶を取り出した。

「国王」

 それをラロフィーノ王に飲ませた。

「!」

 薬を飲んだラロフィーノ王は暫く呆然とその場に立ち尽くしていた。

「ここは?」

 我に返ったラロフィーノ王が辺りを見渡す。

「るっせるく〜ん、ぼくの気ぐるみはどこにあるか知らない」

「残念ながら彼は旅立ちました」

 ルッセルが囁いた。

「なんだって!?あれが無ければ」

「大丈夫です、書置きがありました」

「そ・・・それには何て書いてあったんだい!!?

「はい・・・私はもう疲れてしまいました、自由が欲しいので探さないで下さい」

「な・・・なんだって!?そうか・・・ぼくが彼をぞんざいに扱うばかりに・・・」

「しかし大丈夫です、彼の弟と名乗る者と交渉し、彼と同じ仕事をして貰う事を了承致し

ました。」

「なんと・・・流石はるっせるくん、これでまた街中に繰り出す事が出来るゾ」

 ラロフィーノ王は意気揚々とし、それのありかをルッセルに尋ねる。

「此方に御座います」

「おぉ・・・」

 ルッセルが指し示した先には緑色をした羊の着ぐるみがあった。

(趣味悪いわね・・・誰が作ったのかしら?)

「良い・・・良い色合いだよ、コレ」

「はっ、光栄に御座います」

(賛同するのね・・・しかもルッセルが作ったって・・・)

「よーし、コレで街中に出られるゾ!!!

 新しい着ぐるみを来たラロフィーノ王は体格に似合わない軽やかな足取りでギルドハウ

スを出ようとした。

「ラロフィーノ王」

 フィルリークが彼を制止させた。

「ん、んー?なんだい?ふぃるり〜くくーん?」

「少し時間を頂きたい」

「えー・・・折角今から出掛けようとしてるのにぃ〜」

 肩の力を落としながらラロフィーノ王がフィルリークに対して答えた。

 その様子を察したフィルリークは突然口元に笑みを浮かべた。

「・・・」

 そんな彼を見たラロフィーノ王は思わず身体を小さく震わせた。

「うぅ〜・・・分かった、分かったからそんなに威嚇しないでよぉ・・・ぼくはか弱い子羊なん

だからぁ・・・」

「分かれば良いです」

 フィルリークは口元に浮かべていた笑みを直すと、ラロフィーノ王に着席する様促し、

今度はエリクを主軸とし、現状を全く分かっていない彼に現状を説明した。

「う〜ん、ぼくの魔法力があればそれなりには何とかできそうだけどぉ・・・でも学長です

ら倒しきれない相手なんだよねぇ?」

「残念ながらそうです」

「魔法攻撃力に長けた魔術師に覚えがある」

 フィルリークが、ふと以前強力な魔法を使う術者の事を思い出した。

「勿論、今も生きていればの話だが・・・」

「その人はどんな特徴をしていました?」

 エリクが尋ねた。

「無謀、自信過剰」

 フィルリークが坦々と言う。

(何か聞いた事ある様な特徴・・・だなぁ)

 カイルが腕を組み思案する。

「自己中心であり、戦場に出るなら真っ先に死ぬタイプ」

(やっぱり何処かで聞いた事ある様な・・・?)

「一つだけフォローするならば正義感だけは強い」

「それは女の子なのかなぁ〜」

 羊の着ぐるみが目を輝かせながら尋ねた。

「そうだ」

「じゃ・・・じゃあ胸は?」

「・・・無かった」

 凍り付いた言葉がギルドハウス内に木霊した。

「・・・ごめんなさい」

 羊の着ぐるみがフィルリークから視線を逸らした。

「そう言えば・・・そんな娘が居なかったかしら?」

 右手を頬に充てながらアリアーナが尋ねる。

「そう言えば、エイミーって娘の特徴ってそんな感じじゃなかったです?」

 エリクが言った。

「・・・意識は無いが・・・な」

 ルッセルがゆっくりと低い声で呟いた。

「そうか・・・」

 その言葉が聞こえていたのであろう、フィルリークが目を閉じ呟いた。

「どうかしたのですか?」

 その様子に何かを感じ取ったカイルが尋ねた。

「いや・・・」

 何度も警告を下すも一方に引き下がらない故に自らが手を下した少女の事を思い返した。

(力の加減を間違えた・・・?いや、間違いなく重傷で止まる範囲に抑えたが)

「そう言えば、エイミーは今どうしてるのです?」

 フィルリークの仕草に対して違和感を覚えたカイルは、他の誰かにエイミーの事を尋ね

た。

「んー」

 一瞬皆が黙ったが、アリアーナ口を開く。

「カイル君、エイミーに恋愛感情は抱いてないわね?」

「・・・ええ」

「そう、なら良いわ」

 アリアーナがカイルに向けていた視線を少しだけ外した。

「3ヶ月前位だったかしら、私達の目の前に前触れも無く現れた事があったの」

(僕がヴィクチャ地方に逃れて直ぐ、かな?)

「無残な傷を負って、意識も無くて」

「え?」

 カイルが驚きの表情を見せる。

(僕が知る限り、そこまで重傷を負った事は無かったと思うケド・・・)

「治療は行ったわ・・・でも」

 アリアーナが軽く首を左右に振った。

「でも・・・って?」

「生きてるわ、確かに生きている」

 カイルの発する微妙な空気を感じ取ったのか、アリアーナは丁寧な口調で語っていた。

「ずっと、意識が戻らないの」

「そ・・・んな」

 思わずカイルがその場で立ち上がった。

(僕のせいでエイミーがそうなったのか?僕があの時ここから離れていなければ、エイミ

ーを止めていれば・・・)

「回復させる方法は・・・?」

「・・・無いわ」

(いや、落ち着け・・・エイミーの事は別に関係無いし、仮に彼女が死んだ所で僕には関係

ない筈だ)

 カイルは、少しだけ目が熱くなっているのを感じ取った。

(でも・・・)

 不意に、カイルの脳裏にエイミーとのやり取りが映像となって映し出された。

(そんな事は無い・・・アイツはただめんどくさい女なだけだ・・・彼女がいなくても他の戦力

を探せば良いだけ・・・)

「カイル君?」

(でも・・・何だろう、何故かやり切れない、僕が・・・僕が逃げ出す事をしなければ彼女は

・・・)

「すみません・・・少し外に出ます」

 やり切れない感情を背負いすぎたカイルは、この場を離れる事しか出来なかった。

「・・・予想外ね」

 アリアーナが呟く。

「仕方ありません、こうなってしまったのなら最悪彼以外の戦力を確保する必要もありそ

うですね」

「・・・そうね」

「このギルドの治療魔法力は?」

 重い空気を打ち破るかの様にフィルリークが口を開いた。

 自分の質問の回答を得たフィルリークは、「そうか」と呟くと彼女が横たわっている場

所へと案内してもらったのであった。



 僕はどうすればいいのだろうか?

 カイルは、街中を一人佇んでいた。

 終わった事は仕方ないと分かりつつもやり切れる事は出来ず、本人が何も考えなくても

足だけは勝手に動いており、気が付けばヴュストタウンへと足を向けていた。

 見慣れた町並みがカイルの視界に映し出される。

 何故ここに辿り着いたのかは分からない、焦点の会わないまま只管に遠くを眺め続けて

いた。

 僕のせいで彼女は・・・。

 分かっていてもエイミーの事が気になって仕方なかった。

 関係ない相手の筈なのに彼女の事が気になっていた。

 今のカイルに理由は分からなかった。

 理由が分からないけど何故か気になり続けていた。

 ただの負い目だと思うのだけど、何か違うような、そんな感覚ばかりがカイルを襲って

いた。

 そんなカイルの視界に一人の少女の姿が映る。

 カイルの姿に気付いた少女は軽やかな足取りでカイルの元へと近付く。

 しかし、彼女の存在にカイルは気付いていないのか、焦点を外した視線のままただただ

遠くを眺めているだけだった。

 カイルからの反応が無かった少女は少し落胆し、引き返そうと思ったのか一旦歩みを緩

めたのであるが、カイルの視線が視界に入ったのか、カイルの異変に気が付いた様だった。

「あの・・・カイル・・・さん?」

 少女が恐る恐るカイルに声を掛けた。

 しかし、それでもカイルが反応する事は無かった。

「カイルさん、どうしたんですか?」

 少女は怪訝な表情を見せながらも再びカイルに声を掛けた。

「ラニ・・・ア・・・さん?」

 漸くラニアの存在に気付いたカイルは細々と彼女の名前を口に出した。

「何か、あったのですか?」

 ゆっくりと、柔らかな声だった。

 その言葉に癒されたのだろうか、カイルが数秒ほど目を閉じた。

「いや・・・僕の事は大丈夫だよ」

 今にも消えそうな、辛うじて搾り出す様に出した声、無理矢理作り出したぎこちない笑

顔で答えた。

「・・・」

 大丈夫な訳無い、そう直感したラニアは真剣な眼差しでカイルを見つめた。

「・・・大丈夫、だよ」

 カイルはラニアとの視線を外し口篭った。

「私じゃ、ダメですか?」

 ゆっくりとしたその口調に芯の強さが込められていた。

「どういう・・・事?」

「わたしじゃ、カイルさんの力になれませんか?」

 ラニアの眼差しに込められた力は衰える事は無かった。

(言っても・・・解決する気がしない、誰かに負担を掛ける真似なんかしたくない)

「言葉に出す事で・・・解決する何かがあるかもしれないですよ?」

 ラニアの見せたやわらかな笑顔は一瞬、天使が舞い降りたかの様な錯覚さえ覚えさせた。

「あ・・・」

 カイルは、突然現れた天使の幻影に少しだけ心を奪われてしまった。

「・・・分かった」

 話すだけ無駄かもしれない、だけど折角ラニアが好意的に接してくれた手前、それを無

駄にするのも悪いと重い、彼女に今まであった出来事を話た。

「・・・そっか」

 カイルの方が辛い筈なのに、気が付けばラニアの視線が沈んでいた。

「自分でも、何でそう思うのか良く分からないんだ、別に興味の無い相手なんだけど」

(カイルさん、自分の感情に気付いてないんだ・・・)

 ラニアは、カイルが潜在的にエミリーを意識している事が悔しくなってカイルに気付か

れない様、静かに唇を噛み締める。

(ここでカイルさんがエイミーさんへの感情に気付かない様に仕向ければ・・・)

「戦場に勝手に突撃したのが悪いって分かるんだけど・・・」

「うん・・・」

「だけど僕のせいでああなってしまったと思うとね」

(でも・・・それって私の都合だよね?私の都合でカイル君を振り回しちゃったら迷惑だよ

ね?)

「そう、なんだ」

 ラニアの口から生返事が零れた。

「ただ、めんどくさいだけな奴と思ってただけの筈なんだけど」

(だけど・・・そうしたら私は・・・?)

 ラニアの瞳から一筋の涙が零れ落ちていた。

 その姿をカイルに悟られまいと必死に取り繕っていた。

「何で、だろうね?」

 ゆっくりとした口調で全く悪気の無い、言葉がカイルの口から解き放たれた。

「それは・・・ですね・・・」

 何時か来ると予想したその言葉を受け取ったラニアは震えた声を絞り出すかの様にだし

た。

 しかし、その感情をカイルに悟られまいと一つ深呼吸を入れる。

「きっと・・・カイルさんが」

 溢れる感情を必死に抑えて、声を強張らせながらも必死に言葉を紡ぎ出す。

「ケイミーさんの事を・・・好きなのではないでしょうか?」

 ラニアの頬を流れる涙が地面に落ちた。

「・・・え?」

 カイルが予想していた言葉よりも大きく外れたのか、彼の回りを流れる時間が一瞬だけ

止まった様な気がした。

「私の・・・感ですけど・・・」

「ウーン、僕は女性に対して恋愛感情を抱いた事がないんだよなぁ」

 カイルが空を見上げた。

「・・・」

 カイルから自分に向けられた視線が外れた刹那、ラニアは瞳から零れ落ちる涙を隠すか

の様に視線を沈ませた。

「それが・・・恋愛感情なのでは無いでしょうか?」

 力なく放たれた言葉。

(何を・・・言ってるのだろう?何で自分が有利になる様に仕向けなかったのだろう?)

 あまりにもお人よしな自分に対して思わず後悔の念を覚えた。

「でも、やっぱりケイミーはめんどくさいだけだよなぁ」

 ふと、カイルはケイミーが危機に陥った時に助けた事を思い出した。

 あの時はどうして彼女を助けたんだっけ。

 そう言えば、無謀な性格を放って置けなかったんだったっけ?

 戦場で傷付いて戻って来た時もそうだった。

 別に放っとけば良かったけど。

 自分では意識して無かったのだけど、ラニアさんが言う通りこれが恋愛感情って云う物

なのかな?

 ケイミーは自分の事をどう思っているのだろう?

 そう思った刹那、カイルの胸の鼓動が早くなっている様な気がした。

 それと同時に、

「だけど、ケイミーは意識が無いんだっけ」

 弱々しい呟きが聞こえた。

(あ・・・そうか、このままケイミーさんが目を覚まさなければ・・・)

 その呟きを聞き取ったラニアの口が僅かに開きかけた。

(・・・私って最低・・・ね)

 何を考えているんだろう?と思ったラニアは反射的に開きかけた口を閉ざした。

「きっと・・・」

 ケイミーさんは回復しますよ、と言いかけたがその言葉を口に出す事は出来なかった。

 暫くの間二人の間を沈黙が支配した所で、

「有難う」

「あ・・・いえ、カイルさんの力になれて良かった」

 とびっきりの笑顔で・・・カイルを見送りたかった。

 だけど、そこに見えた笑顔は涙を隠しながらも必死に作られたぎこちない笑顔だった。

「お陰で迷いが一つ解けたのかもしれない、まだ自分自身良く分からないし、解決しなけ

ればいけない事もあるのだけど」

 出来る事なら気付いて欲しくない、出来る事なら30分位時間を戻して欲しい。

 ラニアはそんな事を考えながらも、取り繕った笑顔だけは崩さなかった。

「カイルさんが元気になってくれれば・・・それだけで私は幸せです」

 鈍感な彼が気付いてくれるとは思っていなかった。けれどもただただ何もせずケイミー

にカイルを取られるのが悔しいからか、もしかしたら気付くかもしれない、気が付けばそ

んな想いが今発した言葉に乗っていた。

「はは、大袈裟だよ」

 残念ながらカイルは、少しだけ強い感情が載せられた『私は幸せです』その言葉に気付

いては居ない様だった。

 これ以上話すことも無くなったのか、これ以上ここに居るのが辛くなったのか分からな

いが、

「それでは・・・私はそろそろ失礼します」

 最後の最後まで、取り繕った笑顔を崩す事無くその場を立ち去った。

 しかし、肩を落とし俯いたその後姿は哀しさに満ち溢れていた。

 漸く平静を取り戻したカイルは、その姿に異様な空気を感じ取ったのであるが、彼がそ

の事に気付きラニアの後を追いかけ様としたのであるが、ラニアはその気配に気付いたの

か急に足を早め、隠れる様に裏路地へ潜り込んだのであった。

 何か用事があっただけなのだろう、そう判断したカイルは再びギルドハウスへと戻る事

にした。

 その道中、ふとラニアが発した強い感情の込められた言葉を思い出したが、流石にそん

な訳無いか、と一瞬意識しかけた言葉をそのまま頭の中で受け流していた。

 

 

6(ここの冒頭を5−1に持っていく)


(あたし・・・如何すれば良いのだろう?)

 ぽつりとたたずむ一人の少女。

 彼女が今立っている場所は、彼女の右手から左手に流れる1本の川が流れていると云う

殺風景な場所であった。

(誰?)

 ふと、彼女が川の向かい側に視線を送ると一人の人間が彼女を手招きしていた。

(え・・・?)

 その姿を見た彼女は思わず目を疑う。

(あの人、確か生きてる人じゃないよね?)

 彼女はその人の元へと行ってはダメだと云う事を直感した。

(でも・・・)

 ふと、彼女の脳裏に映像が浮かぶ。

 無謀なんだけど、平和の為と自分が戦いに赴いた事。

 何度戦っても上手く行かなかった事。

 二刀流の剣士と戦った事。

 ベッドの上で眠っている自分の姿。

(あたし・・・頑張ったのにな)

 この先は何があるのだろう?

 このまま居た所で世界はどうなるのだろう?

 ・・・変わる気がしない。

 彼女が川の向こう側を見つめる。

 あたしに振り向かない男は居なかったっけ。

 誰もがあたしを求めてたっけ。

 だけどアイツだけは・・・。

(どうせ戻ったって・・・)

 2、3歩程川に近付いた。

(痛ッ)

 彼女は何かにぶつかった感覚を覚えた。

 その原因を探るべく辺り探ってみると、自分の前方に物を押す感覚を覚えた。

 どうやら見えない壁か何かにぶつかった様だった。

(どうすればいいのッ)

 見えない希望との中で自分が選んだ道を閉ざされた事に憤りを覚えた。

「エイミー!!!

 何処からとも無く、突然彼女を呼ぶ声が聞こえた。

(・・・あたしを呼んでる?誰?)

 何処か暖かい気持ちを引き出したその声に反応した彼女はふと後ろを振り返った。

 

 

 カイルは再びギルドハウスへ戻った。

 特にコレといった議論をしている訳でもなく、ギルドハウスの中は平穏な空気を放って

いた。

「あ、カイルさんお帰り」

 カイルの姿に気が付いたエリクが出迎えた。

 カイルはエリクの方に身体を向けて会釈をした。

「そう言えば、あの後エイミーはどうなりました?」

「ウーン、相変わらずと言った所ですね」

 エリクが怪訝な表情を見せながら答えた。

「そうですか・・・」

「フィルリークさんの治療魔法でもダメだったみたいです。肉体の方は治療されて完全に

大丈夫なのですが、精神の方に問題があって目を覚まさない様です。」

「そう、ですか・・・」

 カイルの声は漆黒の闇に包まれている様だった。

「ただ、時折カイルさんの名前を呟いている様です。」

「・・・僕の名前を」

「はい・・・一度彼女の元に行って見ますか?」

 エリクの問い掛けに対してカイルは一つ間を置いて

「ええ」

 ゆったりとした返事だった。

 カイル達の居た広間から見える奥の部屋にエイミーの姿が見えた。

「あら?カイル君?」

 部屋の中にはエイミーの看病をしているアリアーナの姿があった。

「こんにちわ、アリアーナさん」

 アリアーナに挨拶を返したカイルがエイミーの元へ向かった。

 エリクの言う通り、エイミーが動き出す気配は無くそこに横たわる彼女の姿はただただ

穏やかに眠っている一人の少女であった。

(黙ってると、意外に綺麗なんだ・・・)

 カイルは、何も語る事すらで着なくただ横たわるだけの少女の姿に思わず見とれてしま

った。

「あら?惚れちゃったかしら?」

 その様子に気付いたアリアーナが悪魔染みた笑みを浮かべカイルをからかった。

「え、あ、いや・・・」

 カイルは頭をかきながらアリアーナを見つめる。

「もう少し、早く気付けばよかったわね」

「え?」

 カイルの目が丸くなった。

 その姿をみたアリアーナが一つの間をおいて、カイルに顔を近づける。

「そうよ、私がもう少し早く・・・」

「あ・・・いや・・・その・・・」

 アリアーナとの距離を詰められたカイルは思わず顔を外す。 

「あはは、冗談よ、冗談、カイル君はやっぱり面白いわね」

「え・・・?」

「私はエイミーに惚れたと言ったつもりだったんだけど、カイル君はそう捕らえて無かっ

たみたいだったからついつい遊んじゃったのよ」

 アリアーナが妖艶な雰囲気を交えた悪戯な笑みを見せる。

「は・・・はぁ」

 カイルは肩を降ろし、呆れた表情を見せた。

 再びエイミーの方へ視線を送るカイル。

 ふと、ラニアが言っていた言葉が脳裏を過ぎった。

(でも、それじゃ見た目に惹かれただけだよね?)

 自分に抱いた煩悩を振り払うと小さく息を吸い込んだ。

「エイミー」

 そうしたからと言って何か起きるとも思ってないが、そうすると何かが起きるかもしれ

ないと思ったカイルは彼女の名を言った。

 しかし、予想通りかエイミーに何かしら変化が起こる事は無かった。

「好意を抱いてる相手の声でもダメなのね」

 アリアーナがポツリと呟いた。

「え?」

 その言葉に反応したカイルは思わずアリアーナを見る。

「言葉のままよ」

 坦々とした声だった。

(どういう事だ?)

−エイミーが自分に対して好意を抱いていた−

 本人が直接言った訳では無いのだが、カイルの心に妙に引っかかった。

 今までは、自信過剰で無謀でただの自己中でめんどくさいだけの女だと思っていた。

 でも、正義感が強いっけ・・・容姿も凄く良いし・・・。

 気が付けば彼女の長所にしか目が行かなくなっていた。

 再びラニアが言っていた言葉を思い出す。

 彼女の言う通り、自分が意識して無いだけだったのかな?

 そう思うと、急にカイルの胸の鼓動が高まり始め、彼女をいじらしく思う気持ちが溢れ

てきた。

 カイルの様子を見ていたアリアーナがクスッと笑う。

「エイミー!!!

 感情が乗せられた、心に響く声だった。

「戻って来い!」

 カイルの叫びが部屋いっぱいに響き渡った。

「お前の力が必要なんだ!」

 

 

 

(・・・あたしを呼んでる?誰?)

 エイミーが振り向いた先には漆黒の闇が広がっているだけだった。

 しかし、彼女の足はその闇に引き寄せられるかの様に動き出していた。

 川を渡れば楽になれる、見えない壁さえどうにかしてしまえば楽になれる、そう思った

のだけども、何故か自分を呼ぶ声に引き寄せられる。

 その先に向かえば何かあるのかもしれない、良く分からないけど何故かそんな気がした。

エイミーが歩んでいると、闇だけだと思ったその空間に一筋だけの光が見えた。

「戻って来い!」

 光の先から聞こえた言葉。

(かい・・・る?)

 エイミーの耳にカイルの言葉が響いた。

 その瞬間、エイミーの足が止まってしまう。

(でも・・・カイルは)

 幾多もの男を落とす事は出来ても、カイルが自分に全く興味が無かった事。

(あたしに興味が無い)

 エイミーの足は鉛の様な重さが加わり始める。

 ふと、後ろを振り向く。

 何も見えないけど吸い込まれそうな闇が広がっている。

 どうせ戻っても彼を落とせなければ意味が無い。

 彼女が不意に抱いた絶望には翼が生えている様で、

「お前・・・必要なんだ!」

 

 

 

「あ」

 先に声を上げたのはアリアーナだった。

「皆に知らせて来るよ」

 エイミーが目を覚ました事に気づいた彼女はほかのメンバーにその事を伝えるべく今居

る部屋を飛び出した。

「エイミー」

 カイルが彼女の名を囁く。

 エイミーは、目の前映った少年に対して薄らとした笑みで答えた。

「良かった」

 カイルは声を震わせながらそっと呟いた。

 意識を取り戻したとは言え、今まで意識をなくしたままだった手前、暫くはエイミーを

安静させる生活が続いた。

 




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