第4章



「カイル」

 二刀流の剣士がカイルに問いかける。

「何でしょう?」

「学長の命令で、君を護衛すると言う任務が解かれた」

 フィルリークが坦々とカイルに説明をした。

「了解しました」

「これから先君の命を守り切る事が出来なくなった、それどころか状況次第では逆も有り

得る」

「・・・どうしてです?」

 カイルが視線だけをフィルリークに向けた。

「戦いが始まる」

 フィルリークが目を閉じ呟く様に言葉を放った。

「戦い?」

「そうだ、俺は国王軍に所属しているのでな」

 坦々と、冷たさを帯びた言葉がカイルの耳に入る。

「は・・・はぁ・・・」

「今度の戦いは民間人と国王軍との戦いになるだろう」

 フィルリークが空を見上げた。

「俺は上の命令に従う事しか出来ない、ただそれだけだ」

 フィルリークが目を閉じた。

「分かりました」

 フィルリークと別れたカイルは、それとなく散歩に向かった。

 これからどうなるのだろうか?戦争でも始まる様な言い回しだったけど・・・その時僕はど

うしようか?

 道中、武装をし始めている民間人の姿が目に映った様な気がした。

 フィルリークの言葉、この前チラッと聞いた革命と言う言葉を思い出した。

 この国って政権に不満がある場合は力でソレを転覆させる事が出来たと言う事も思い出

す。

 つまりは、恐らくは、それが起こると言う訳であろうか。

 ・・・僕は?

 どうするべきなんだ?

 暫く他の地域に、人気の少ないヴィクチャ地方に身を潜めれば良いのだろうか?

 それとも、国王軍として戦うのか?

 民間人として戦うのか?

 こう言う時、学長はなんて言うのだろうか?

 フィルリークさんが僕に対する護衛の任を解いた理由って何だろう?

 一度学長に聞いて見ようかな?

 フィルリークから受けた言葉に付いて色々悩んでいたカイルは、気が付くとギルドセン

ターの前に立っていた。


今日は仕事なんてする気無いのだけども‐





 ‐数日後‐

 ギルドハウスの中にも反乱についての話題が広がる様になっていた。

 大体の人達は先程カイルが迷った事と同じ内容の事を口にしていた。

 逃げるか、どちらに就いて戦うかといった感じであり、弱気そうな者は逃げる、正義感

に溢れる者は民間人側に、金に興味の強い者は国王軍に、と大雑把に纏めればそんな感じ

で別れている様であった。

 ルッセル、エリク、アリアーナもまた同じ様に悩んでいる様であった。

 偶々カイルの耳に入ったのであるがエイミーだけは、「それならあたしがこの国を正し

てやる!!」と周りのメンバーに言っており彼女だけは全く迷っていない様であった。

 でも、エイミー程度の腕前で戦場に出ても死に晒すだけだと彼女には申し訳ないが、カ

イルはそう思っていた。

(エイミーが死ぬ・・・?)

 そう言えば、エイミーってただの自己中と思っていたけど正義感が強くて決断力から今

の言葉を出せたんだよな?

 気が付けばカイルは天井に向けやや視線を上げた格好で目を閉じていた。

 僕は・・・どうするべきなのだろうか?

 学長は、こういう時なんていうのだろうか?

 ・・・多分、生きる事を最優先にしろって言うだろうな。

 カイルは首を軽く横に振った。

 でも、ソレだとエイミーが死ぬと思う。絶対じゃないけどあの様子だと勝手に突撃して

殺されそうな気がする。

 ・・・だったら見捨てろって言われるかもしれない。

 僕は女性に興味が無い。

 自分の命を掛けてまで助ける必要なんて存在しない。

 命は一つしかないんだ。

 

僕は・・・‐


 ギルドに所属している大半の人が、自分達はどうすれば良いのか迷う日々が続いていた。

 迷いで済んでいるギルドハウスの人達とは裏腹に民衆が起こす暴動の頻度が上がってい

た。

 暴動を鎮圧する事は国王軍からすれば大した事の無い仕事の一つにしか過ぎないのであ

るが、それでも民衆達は繰り返し暴動を起こしていた。

 日に日に高まる不満、暴動を行っても効果がない事を知る民衆達。

 ある日不満を抱えた民衆が集まり話し合いを行われた。

 その中の何人かが口に出した。

「政権をひっくり返そう」

 と。

 ある若者がリーダーをやろうと提案したところで遂に民衆軍が結成される事になった。

 具体的な日時も決まり、いよいよその日を迎える事となる。

 遂に、国王軍と民衆軍との戦いが始まった。

 国王軍側からすれば想定が出来ていなかったのであろうか、民衆軍が攻撃を仕掛け始め

た辺りでは彼等の軍勢が順調に国王軍を撃退していった。

 一人、また一人と国王軍を斬り捨て着実に民衆軍は進んでいった。

 このまま行けば勝てるかもしれない。

 国王軍は数だけで大した事無い。

 勝利は直ぐソコだと思い始める人達が増えた。

 そしてそのまま進軍を続ける。

 現実は残酷なのだろうか。彼等が楽観的過ぎるのだろうか。

 当然、国王軍がそんなに弱いはずも無く。

 民衆軍により奇襲を受けたと知らせの入った国王軍は彼等を討伐すべくすぐさま兵士を

集め進軍させた。

 言うまでもなく、今まで彼等が斬り捨てた国王軍の兵士よりもずっと力のある兵士達を。 

 そんな事も知らずに進軍する民衆軍。

 再度国王軍を見つけ、交戦体制に入る。

 今回も楽勝だと言う考えから生まれる油断なのか、それともこれが実力差なのか分から

ない。

 数刻後、民衆軍らしき人物の屍が転がる事となった。

 

 ある若者が剣を抜いた。

 国王軍兵士に向かって地面を蹴った。

 若者が、口元に僅かな笑みを浮かべ振り上げた剣を降ろした。

 彼の後ろにいた民衆軍はまた一人、国王軍の兵士を斬殺した思った。

 若者が振り下ろした剣が国王軍の兵士に直撃する。

 辺りに断末魔の叫びが木霊した。

 

−身体が炎に包まれた若者の叫びが−


 若者が振り下ろした剣は国王軍の兵士を直撃したかのように思えた。

 しかし若者の手に確かな手応えが感じられない。

 ふと視線を上げると目の前に居るはずの兵士が居ない。

 代わりに直径10cmはあろう炎の玉が彼の目の前に現れる。

 予想外の出来事に彼の身体が反応できる訳もなく、炎の玉が彼に直撃をする。

 炎の玉は彼に当たると彼を包み込むかの様に拡散し、彼の身体を炎に包み込んだ。

 必死に身体にまとわり付いた炎を消そうと地面を転がる若者。

 彼を助けようと民衆軍の一人が前に出る。

 直後、地面に何かが落ちる音が聞こえた。

 目の前には血に染まった大剣を手にした国王軍の兵士の姿。 

 視線を地面に向けてみれば胴体と分離された頭が大量の血を流しながら転がっていた。

 想定外の惨状に、急造された兵士が上手く対応出来る訳でもなく。

 突然の出来事に思考回路を奪われた民衆軍が無残な骸と変わり果てるまで時間は掛から

なかった。





 民衆軍の1部隊が壊滅した地点とはまた別の平地で、

「反乱・・・か」

 二刀流の剣士がポツリと呟いた。 

「これも仕事か」

 フィルリークは右手に持った剣の柄を鋭く突き出す。

 直後、鈍い音が辺りに木霊したかと思うと、ドサッと言う音と共に彼の目の前に居た人

がその場に崩れ落ちた。

「面倒だな」

 フィルリークが印を結んだ。

 直後、彼居る場所より3方向から民衆軍が襲い掛かった。

 フィルリークが手を前に出すと、彼の手の回りに白い光が包み込んだかと思うと辺りに

拡散した。

 金属が落ちる音がした。

 彼の回りには力が抜け、崩れ落ち、寝息を立てる人間の姿があった。

「俺が殺さなくても味方の誰かが殺す事になるのか、さてどうしたものか。」

 暫く間をおき、フィルリークが再度印を結ぶ。

 直後、彼の周囲にドーム上の青白い光が包み込んだ。

「これで目を覚ますまでは大丈夫だろう」

 彼がこの場を離れようとしたところ、鈍い音が聞こえた。

 振り向くと、彼が張った青白い光に向けて何かが放たれている様である。

 自分の張った防御魔法を貫通する事が出来る魔道師などいないだろう、と特に気にする

事も無くその場を去ろうとした。

「やる・・・」

 妙な熱気を感じ取った彼が振り返ると、目の前に強大な魔法が迫っていた。

 フィルリークは魔力を集中させる事で間一髪自らに向けて放たれた魔法を防いだ。

 その直後、彼は魔法が飛んできた方向へ向けて地面を蹴った。

 フィルリークが飛び出したのを確認したのだろうか、再び彼目掛けて魔法が放たれた。

「やはりな」

 彼は魔力を集中させ、再度飛んできた魔法を無力化させた。

 魔法を打ち消し広がった視界に映ったのは死の恐怖に晒された魔術師の顔であった。

 その表情に意識する事も無く右手に持った剣を魔術師の首元目掛け薙ぎ払った。

「帰れ、ここは貴様の様な者が来る場所じゃない」

 薙ぎ払った剣を魔術師の首元で直前で止め、冷酷な視線を魔術師に送った。

 首先に突きつけられた冷たい刃が放つ恐怖を受け、瞳から涙を流し時が止まったかの様

に硬直する魔術師。

「あ・・・う・・・」

 魔術師は、細々とした、トーンの高い声を発しながらその場に崩れ落ちた。

「女・・・か」

 呟いた言葉に意味があったのかは分からない。

(この女・・・?)

 直後、フィルリークは魔術師の首元に当てていた剣を一旦自分の手前に引いた。

「骨は貰っておく」

 フィルリークは右手手首を固定させたまま彼女の腕目掛けて剣を降ろした。

 鈍い音が辺りに響き渡った。

 同時に魔術師の悲鳴も。

「次に戦場であった時は貴様の命を奪う。二度と戦場に出てくるな。」

 フィルリークは、魔術師に冷酷な視線を送ったまま印を結んだ。



 彼の手から放たれた光が魔術師を包み込むと、彼女の姿はその場から消え去ってしまっ

た。



 民衆軍と国王軍が戦い始めて数日が経った。

 こう言う時、どうすれば良いのか分からなかったカイルは何をする事も無く街中をうろ

つく日々が続いていた。

 街の中に居る人が減った事、そのせいで目立つのか、君は戦争に行かないのか?と尋ね

られる事もしばしばあった。

 その度にカイルは適当な返事をし、どうすれば良いのかより一掃迷う様になっていた。

 そういえば、

『あたしが国王軍を壊滅させてやる!』

 と言い放って戦場に出て行った魔術師も居たよな。

 ・・・彼女が戦場に行く時、突き刺さる様な視線を感じたっけ。

『じゃあ誰が国を正すのよ!』

 死ぬから辞めろとそれとなく言ったらこう言われたっけ?

『あたしは魔術師、魔術師に男も女も関係ない!』

 女の子が態々戦場に行かなくても良いと言ったらそう言われたっけ。

『アンタの事見損なったわ!!!

 そう吐き捨てた時、何か寂しそうな瞳をしていたっけ。

(死んでしまったら何も無いんだけど・・・)

 カイルは何も無い、青く澄んだ空を見つめた。

(民衆軍が壊滅したらどうなるんだろう?)

 遠くに一つだけ雲を見つけふと、思い悩む。

(皆殺しにされるのだろうか?)

 空は青く澄み切っていて。

(戦っても戦わなくても、勝たなければ死ぬ事になるのだろうか?)

 カイルが視線を落とすと人工物が瞳に焼き付く。

(秘境の地に逃げ込む事と、戦う事、どちらが生きられる可能性が高まるのだろうか?)

 再び視線を上げ、軽く首を振る。

(そう言えば、民衆軍が1部隊壊滅したんだっけ)

 地面に向けて一つため息を吐いた。

 カイルがクルッと身体を回転させる。

 暫く人工物を眺めると光が集まりだす。

 集まった光が消え去った所で現れた見覚えのある魔術師。

 ああ、厳しい状況になったから戻ってきたのかとカイル。

 彼女の腕をよくよく見ると有り得ない方向に曲がっている事に気が付く。

 まぁ、戦場な訳だしソレ位は仕方ないだろうと軽く流す。

 流石に怪我人は放っておけないと印を結び始めるカイル。

 直後、見覚えのある少女と目が合う。

「来ないで・・・」

 少女の口から弱々しく言葉が放たれる。

「そうは言っても怪我をしてるだろう?」

「・・・」

 詠唱を終えカイルが魔法を発動しようかどうかと言うところで、

「来ないでって言ってるでしょ!!!

 少女が声を荒げる。

 直後彼女は腕を押さえながら顔を歪ませる。

「・・・プライドは命に代えられないよ」

 カイルは彼女の言葉を無視し魔法を発動させ、呟いた。

 カイルの魔法を受けたエイミーは歪ませていた表情が元に戻った。

 かと思いきやカイルを一瞬だけ鋭く睨みつけると大きく視線を外した。

 数秒の時間を挟み彼女が再びカイルが居た方向へ視線を送った時、彼女の瞳にはカイル

の背中が映っていた。

「・・・ばか」



 

 エイミーとのやり取りを終えたカイルは再び街中をうろつきだした。

(今回は怪我で済んだ、しかし次は怪我で済む保障は無い)

 何も無い街中を見渡す。

(骨を持ってかれたなら戦場に行こうとは思わない・・・と思う。でも彼女の性格だとどうな

んだろう?)

 ひとつ溜息を付く。

(だけど、フィルリークさんの言葉から、僕が戦場に出れば僕も殺される)

 カイルの視界に一本の樹が映る。

(別に、無理しなくてもお金に困る事も無いんだよな)

 地面に落ちていた小石をそれとなく蹴飛ばした。

(無駄死にする事は無い、ヴィクチャ辺りでのんびりしてよう) 

 この時カイルが下した決断が正しかったかどうかは分からない。

 間違っているかも分からない。

 自分が死なない事、それは正しい判断であろう。

 それだけ見れば、それだけで判断すればそうなるのであろう。



−数日後−

 少年の手により怪我が治された一人の魔術師。

『ただでさえ戦力が少ないのだからもう一度あたしが行く』

 その決意を止められる者は誰も居なくて。

 前衛部隊が壊滅して、後衛に居た彼女の元へと国王軍がやって来て・・・

 魔法を唱え終えた直後、目の前に自分に向けて刃が放たれて。

 剣は確か2本あったのかな?

 何か魔法も使われたのかもしれない。


−これ以上は覚えていられなくて−


ギルドハウス内部。

無残とも言える斬傷を負い横たわる魔術師が転送された。

出血も酷く手の施しようが無いかの様に思われた。

ギルドメンバーがまだ分からない、と必死になって掛けた治癒魔法が功を奏したのか死ぬ

事だけは免れた。

そう、死ぬ事だけは。


『意識が戻らない』


肉体的には問題が無いのだけど何か別の要因があって意識を取り戻さないとの事だった。




ヴィクチャ地方へ逃れたカイルがその事を知るはずも無かった。




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