第二章



「カイル・レヴィン・・・」

 砂漠の砂地から遠くの街を見つめる一人の剣士が居た。

 歳は若くやや長身の背丈をし中装な鎧を身につけ背中に剣を収めた鞘を携えている。ぱ

っと見た感じナイトの様に思えるのだが、よくよく見ると腰の左側にも剣を携えた鞘を身

につけてた二刀流の剣士だった。



 



 カイルが冒険者として活動するようになってから1ヶ月程の時が流れた。

 冒険者としての振る舞いにも慣れ、セザールタウンで受けられる任務も容易にこなせる

様になったカイルは拠点を別の街へと移す事にした。

 カイルは、転送士の爺さんに依頼し、ヴュストタウンと言われる街へと転送をしてもら

った。

 クロノス大陸の南西部、セザールタウンより南側に位置するところに街を構えるヴュス

トタウン。

 この辺り一体は砂漠に囲まれており、ヴュストタウンはこの地方を探索する冒険者にと

ってオアシスそのものとなっていた。

 転送魔法によってヴュストタウンへと飛ばされたカイルはこの街の調査から始める事と

した。この街もこの地区に住んでいると思われる民家や、様々な商品を販売するお店が立

ち並ぶ商店街、ギルドセンターのヴュストタウン支部が配置されていたりと砂漠に囲まれ

ている以外はセザールタウンと似たような感じであった。 

 カイルがヴュストタウンの大雑把な調査を終え、この街にあるギルドセンターより依頼

を請け負い街の外へ赴いた。

 ヴュストタウンに設立されたギルドセンターもセザールタウンにあるソレと大きく変わっ

たものは無く、例によって受付の女性とのやり取りが行われた。

 ギルドセンターのお姉さんからは真っ先に『ツェンタウァ』と言う魔物について注意し

てくださいと言われた。

 彼女の話によると、ツェンタウァとう魔物はこの地域に存在する親玉の様な存在であ

り、この地域に住んでいる一般的な魔物に比べて強さが桁違いに強く、余程強い冒険者で

無い限りは簡単に殺されてしまうとの事、滅多に遭遇はしないという話だが万が一遭遇し

た時に安全を確保する為にも必ず帰還の巻物を携帯しておくとの事だった。

 しかし、それでも帰って来ない冒険者も居るという話あった。

 カイルは、その説明が終わった後この地域でやれる簡単な任務を遂行する事にした。

 一応、ツェンタウァを討伐する仕事もあるみたいではあったが間違いなく無謀である

だろうし、ギルドセンターの人にも止められると思い見るだけに留めて置いた。

(しかしまぁ、それでも受ける馬鹿って居そうだよな。そういう人に出会った時ギルドセ

ンターの人ってどんな対応するんだろ?ちょっと興味があるかもしれないケド・・・)

 ギルドセンターより依頼を受けたカイルは街の中で特に水と食料を重点的に持つ事とし、

準備を整えた後に依頼をこなす事とした。

 この地方で始めての任務であったのだが、足元が砂で形成されており少々動き辛い事、

砂漠であるが故に太陽から受ける日差しが強く水分の消耗が激しい事にさえ注意すれば

ザールタウンで任務をこなすのと大差は感じられなかった。

 幸いな事にヴュストタウンで初めての任務ではツェンタウァに出会う事も無く無事に終

える事となった。

 この調子ならセザールタウンで受ける任務に比べて一つの依頼で貰える報酬額が多いと言

う事を考えればここで活動する方がよっぽど効率が良いと感じ取れた。

 とは言え、ツェンタウァとの遭遇を経験していない手前油断だけはせずに入念な準備は

常に怠らない様にしなければならないと思った。

 その様な感じで特にツェンタウァと遭遇する事無く程なく任務をこなす日々が暫くの間

続いていた。

 そんなある日の事だった。

 何時も通りにギルドセンターへ依頼を請けに行った所、

「そういえばカイルさんってギルドに所属しないのですか?」

 受付のお姉さんがカイルに尋ねた。

「ギルド?」 

「そうです、簡単に言えば同じ様な思考を持つ人達が集まっている組織ですね。同じギル

ドに所属している人達と一緒に冒険をしたりなんたり出来たり色々便利だったりするので

すよ」

「んー」

「カイルさん位の冒険者ですと大体の人はそろそろギルドに所属したりするのですけどね」

そう言えばセザールタウンに居る時もそんな事を言われて勧誘されていた様な、とは言え

その時はあまり興味なくて片っ端から断ってたっけ。

 かと言って今は今で別に必要な気もしないんだよな、結局一人でどうにかなっちまうし…

「と言ってもただの世話話ですけどね」 

 女性は苦笑いを見せた。

「ギルド、ねぇ」

 カイルは、今日募集されている任務が書かれた紙を見ながら女性に返した。

「可愛い彼女が出来るかも知れないですよ?」

 一つ間を置いて女性がいたずらっぽくカイルに尋ねる。

「女には興味ないんだけどなぁ」

 条件反射だろうか、女性の問い掛けを冗談と捉えきれなかったのか分からないが思わず

カイルが呟いた。

 その呟きが女性に聞こえたのか、女性の口から勿体無いなぁと言う言葉が聞こえた様な

気がした。

 しかし、気のせいと言う事にし『それじゃあ今日はこれで』と任務を引き受ける任務を

女性に告げた。女性は、『分かりました』と少々の苦笑いを受けながら任務に対する手続

きを開始した。

 その日に請けた任務も特別苦労する事無くこなした。

更に数日が経った所でカイルがギルドセンターへ赴いたところで、

「そう言えば昨日しつこい人が来たのですよ」

 受付のお姉さんがカイルに話かけた。

「しつこい?」

「私が貴女の実力では無理と何度言っても聞かないんですよ。」

「へぇ」

「どう見たって熟練度の低い冒険者でしたから、無理と言ったのですがね」

「ふむふむ」

「しつこいからじゃあ実力を見せてもらったのよ、そしたら予想通りの実力だったのよ。

それでも自分の実力を過剰評価してるのか知らないけど、あたしの魔法なら負ける訳が無

いとか何とか言って全く聞かなかったのよ」

「まためんどくさい話ですね」

「そうなのよ、まぁ・・・たまに自信過剰な人が居るのだけどね命に関わらなければやってみ

ればとでもいえるのだけど、この家業だと下手をすれば命を失いかねない事もあるのよね

ぇ」

「それでソイツはどうなったんです?」

「結局ギルド長が言い包めてくれて、漸く帰ってくれたのよ」

「それにしても災難な話でしたね」

「ホントそうよ・・・あ、そうそう私はラニアって言うの、カイルさん、これからもよろしくね」

 ギルドセンターで受付を行っているメガネを掛けた女性、ラニアとの他愛の無い会話をしな

がら今日請ける任務を告げ手続きを終えた。

 今日の任務は何時もより少しだけ遠い場所まで行く必要があった為、何時もより入念な

 準備を行った後に町を出た。

 




 ヴュストタウンに広がる砂漠にも幾多の魔物が生息をしている。

 サボテンに擬態し不用意に近付く冒険者に襲い掛かる魔物、群れを成し空から冒険者を

襲う鳥型の魔物。甲虫の様な姿をした魔物、魔力か何かで生き返ったのだろうか?骸骨の

身体に鎧や兜を装備し手には武器を身につけた魔物が居た。

 どれをとってもカイルの敵になるものは居なく、何時も通り何事も無く砂に囲まれた土

地を突き進んでいた。

 しかし、何時もよりも遠い場所まで行く事になったのが災いしたのか、それともただの

偶然なのか。

 自分みたいな初級冒険者に勧めた任務である手前恐らく偶然であると思うのであるが、

 カイルにとってあまりよろしくない現実が突きつけられる事になる。

 思わず足を止めたカイルが見つめる先に映った物。

 両方の手に一つずつ斧を持ち、巨大な身体を揺らしながら砂漠を突き進む魔物の姿だっ

た。

 これが噂に聞いていたツェンタウァであろうか?

 カイル自身慢心があったのかもしれない。

 所詮噂であり、何とかなるという気持ちが全く無かった訳も無い。

 しかし、遠くであるにも関わらず魔物が発する威圧感は、僅かながらに抱いたカイルの

慢心を総て吹き飛ばしてしまった。

 少しばかりツェンタウァを見つめた所で、今戦っても勝ち目は無いと判断したカイルは

道具袋の中に手を入れ一枚の巻物を手にする。

 そして、その巻物の効力を発動しようとした所で、

「漸く見つけ出したわよ!」

 どこからともなく女性の声が聞こえる。

 誰かが僕を探したのか?と巻物を使おうとしたその手を止め、辺りを見渡す。

 けれど自分を見ている人間の姿など視界の中に入らなかった。

「あたしの実力を持ってすればあんたなんか軽く捻り潰せるのよ?」

 女性の声が再度聞こえた。

 カイルはまさかと思いツェンタウァの方へと視線をめぐらせる。

 見覚えのある少女の姿が目に映った。

 ゴブリンを討伐した時助けた少女の姿。

「な・・・」

 思わずカイルの瞳が丸くなった。確かにアレから時間は経っているが、自分が余裕で討

伐を出来た魔物を相手に深手を負わされた人間が自分より強くなっているとは到底思えない。

 自分でさえ逃げるのが得策と判断した相手に対し勝負を挑むという事、それがどういう

結末を見せるのかを瞬時に想像する。

めんどうな女だし様子をみる?いや、僕の居る場所から彼女の居る場所まで距離がある

し、ここは地面が砂で覆われていて歩いたり走ったりするのが困難だ。もし何かが起こっ

た時、今すぐ移動しても間に合うか分からないだろうな

 カイルは意を決し彼女の元へと近付く。

「これでも食らいなさい」

 印を結び指先から炎の塊を飛ばす。

 以前見たものよりは少しだけ大きな炎の塊がツェンタウァに襲い掛かる。

 しかし、以前より大きくなったとは言えツェンタウァから見てみれば小さな炎に過ぎな

い。

 エイミーの指先から放たれた炎の塊がツェンタウァに直撃した。

 だがツェンタウァは『そんなものは効かない』と言わんばかりに前進を続ける。

「あら?炎じゃダメだったかしら?だったらこれでどう?」

 今度はエイミーの指先に氷の塊が集まる。

 だが、ツェンタウァに決定打を与えられる程の物が集まっているようには見えない。

 どうしてアンタはそこまで強気で居られる?

 エイミーに疑問を思いつつも彼女に近付くカイル。

「覚悟しなさい!」

 余裕の表情を見せ指先に集められた氷の塊を放つエイミー。

 そんな物効く訳無いだろと思ったカイルの予想通り、氷の塊を受けてもツェンタウァは

怯む事すらしない。

「そしたらこれはどう?」

 笑みを浮かべながら今度はエイミーの指先からツェンタウァに向け雷が放たれる。

 直後、エイミーの指先から放たれた雷がツェンタウァを襲う。

「なっ」

 カイルの予想に反し、雷を受けたツェンタウァが動きを止めた。

 心配のし過ぎだったのか?

 カイルは、エイミーが効果的な魔法を放った事を見、思わず足を止める。

「あははは、ちょろいモノね〜あたしの手に掛かればあんたも雑魚なのよ、雑魚」

 満面の笑みを浮かべながら雷の魔法を連発させるエイミー。

 読み違いは仕方ないと感じたカイルはその様子を傍観する。

 暫くの間エイミーが魔物を罵倒する声を聞き続けたところで、ふとカイルはモートゥー

スの方に視線を送った。

 エイミーの雷を受け動けなくなっているツェンタウァ。

 しかし、どこか様子が変だ。

 気のせいかもしれない、だが身動きの取れない筈のツェンタウァから悲観する空気が全

く感じられない。

 どちらかと言うと身体が動けない事が一時的なものと分かっており、それが終われば獲

物を簡単に狩り殺せるだろう。そう考えている様に感じ取られた。

 僕には魔物の言葉が分かる訳じゃない。

 だけども僕が積んだ経験から会得した感性がそう語っている。

 ・・・・・・そう言えば、魔法ってマナを消費して放つんだっけ。

 で、マナって無限にある訳じゃなくって、有限だったよ、な?

 ・・・・・・ツェンタウァがダメージに苦しんでる様子は無い。

 ・・・・・・不味いな、これは。

 何でこんな簡単な事に気づかなかったのだろうか?

 ただでさえ歩き辛いこの砂地で距離を詰めずに立ち止まっていた自分に対し少しだけ後

悔をする。

 いや、まだエイミーの魔法力が切れた訳じゃない。

 焦る必要は無いんだ、と自分に言い聞かせる。

 頼む、僕が彼女に近付くまで魔法力よ持ってくれ。

 心の中で祈りを捧げながら足を早めるカイル。

 カイルの気持ちなど、いや近くにカイルがいる事だって気付いていない彼女は一心不乱

に雷の魔法を打ち続ける。

 そして、カイルが彼女の元へ後数歩と言う所まで近付いたところで、

「な・・・」

 彼女の右手に雷が集まらなくなる瞬間を目の当たりにしてしまう。

 突然でなくなった魔法に対し困惑するエイミー。

 縛っていた鎖が消えた事により動き出すツェンタウァ。

「帰還の巻物を使うんだ!」

 カイルが叫んだ。

 予想もしなかった突然の声に驚きの色を表すエイミー。

 しかし、暫く経ってもエイミーが動き出す気配が無い。

「もしかして持っていない?」

 沈黙を続けるエイミーであったが、その様子から持っていない事を察したカイルは、

「受け取って」

 エイミーに向け帰還の巻物を投げた。

「え・・・そしたらあんたの分が」

「予備があるよ、すぐに使って!」

 エイミーは困惑しながらもカイルの言われた通り帰還の巻物を発動させる。

 この瞬間を待っていたと言わんばかりの表情を見せ、ツェンタウァが手にした斧をエイ

ミーに向け振り下ろす。

「させないよ!」

 カイルがエイミーの前に飛び込み、左手に装備した盾でモートゥスの攻撃を受け流す。

「うっ・・・」

 ツェンタウァの攻撃を受け流せたのは良いものの、そのあまりにも強大な力の前に思わ

ず顔を歪んでしま

 直後、エイミーの身体が光に包まれ、無事帰還の巻物が発動された。 

−本当にもう一枚持って居るの?−

 帰還の巻物の力によって街へと転送され行くエイミーがそう呟いた気がした。

 勿論予備の帰還巻物なんか持っている訳が無い。

 しかし、あの場で嘘を付かなければ彼女が無事であったとは思えない。

 後はどうにかこの場を凌がなければならない。 

 カイルは激痛に襲われた左手を庇いつつ視線を上げた。 

 今度は左手に持った斧を横に向け振りかぶるツェンタウァの姿が映った。

 左手は使えない、ならば、と右手に装備した剣で斧の一撃を受け流す。

 巨大な魔物が放つ一閃に、カイルが装備している剣が耐えれる訳も無く、受け流そうと

構えた剣があっけなく折れてしまうが、剣が折れた衝撃で相手の一撃が僅かながらに緩ま

ったお陰か、モートゥスの放つ一撃を回避する事が出来た。

 背中を向けて逃げるか?

 確かに相手の足は遅いが、この砂地では此方の足も遅くなってしまい大したアドバンテ

ージが無い。つまりそんな事をしたらうまく逃げられずに背後から頭を真っ二つに割られ

てしまう。

 左手は・・・辛うじて使えるが、次の一撃を防いだら盾が壊れそうだ。

 攻め手が無い以上実質詰んでるな、これは。

 次の手を頭に描いてる最中、再度モートゥスの斧がカイルに向けて振り下ろされる。

 カイルは反射的に盾を身に付けた左手をかざす。

 


−カキン−



 金属がかちあう音が響く。

 これで最後の防御手段がなくなったな、さてどうする。

 回避で凌ぐか?距離が取れなければ意味無いが・・・。

 左手を跳ね除け視線をツェンタウァへと戻す。

 いや、左手が重い。

 壊れている筈の盾が左手に装着されている事に驚いた。

 困惑した意識の中、改めて視線を上げる。

 そこには斧と鍔迫り合いをする剣の姿があった。

 1本でなく、2本。

 2本の剣がツェンタウァの攻撃を受け止めるどころか、強大な力の前にツェンタウァが

数歩後退してしまった。

「君に死なれる訳にはいかない」

 二刀流の剣士はカイルに向けて一言放つと、ツェンタウァに追撃を入れるべく前へと強

く踏み込んだ。

(速い・・・)

 砂地であるにも拘らず驚くほどの速度でツェンタウァの懐に潜り込んだかと思うと、目

に留まらぬ速さで手にした剣を振りぬく。

 手にした剣で左右交互に刻みながら、苦し紛れにやってきた相手の反撃を剣で軽く受け

流しつつも、容赦なく刻んでいった。

 あまりにも速い動作の前に、どれだけの時間が掛かったのか分からない。

 だが、彼がツェンタウァを斬り始めてから対して時間が掛かっていなかったと思う。

 カイルがどう足掻いても勝てないだろうと思った魔物が、無残な骸と化すまで本当にあ

っと言う間の出来事だった。

「助かりました」

「いや、これも仕事だ」

 フィルリークは手にした剣を鞘に収めながら答えた。

「俺はフィルリーク、学長から君を死なせるなと言う依頼を請けている」

「僕はカイル・レヴィンと言います」

 カイルはフィルリークに一礼した。

「そうか・・・君は、彼女の事が好きなのか?」

「え・・・?」

 予想外の言葉を受けたカイルは思わず僅かながらに口を開いてしまった。

「いや、たかだか一人の女の為に態々たった一つしかない命を賭けた事が気になってな」

 フィルリークが口元を緩め斜め上に空を見上げた。

「そんな事は無いですよ、どちらかと言うと関わるのが面倒な位です」

「・・・そうか、それでも助けたなら正義感か何かと言ったところか」

 フィルリークは再びカイルへ視線を戻した。

「そうかもしれないですね。もし僕がすぐに帰還書を使ったとしたら彼女を助けたのです

か?」

「いや、助けない」

 一つ間を空け、フィルリークが返した。

「え?」

 カイルは、フィルリークのあまりにも素っ気ない返事に驚きの色を隠せなかった。

「彼女は、周りの人が散々忠告したにも関わらず無謀な勝負を挑んだのだろう?」

 フィルリークがゆっくりとした口調でカイルに返す。

「そうですけど・・・」

「俺は君を死なせない事も仕事だ、これから先もどんな理由があれ君が死にそうになれば

君は助けるが、君以外の人間を助ける保障は出来ない」

 その言葉を受けたカイルはゆっくりとフィルリークを見た。

「君が誰かを助けるのは君の自由だし、最後は俺が助ける事を前提として他人を助けるの

もありだ。ただし俺の仕事から君の護衛が外れた時、その理論が通用しなくなる」

 フィルリークは、カイルの視線に答える様に視線を返した。

「そう言えば、まだお礼を貰ってなかったな」 

 二つの間を持たせた後、口元を緩めたフィルリークがカイルに尋ねた。

「え・・・?」

 カイルは、仕事と言う言葉が出たにも関わらず出てきた予想外の言葉に対し思わず固ま

ってしまった。

「帰還書やるから水をくれ」

 再度二つの間を置きフィルリークが返答をした。暫くきょとんとしたカイルであったの

 だが、自分がからかわれたと分かったのか、愛想笑いを浮かべ自分のもっていた水をフ

ィルリークに手渡した。

「命は一つしかない」 

「え?」

「覚えておいて損は無いだろう」

 水と引き換えに帰還の巻物を受け取ったカイルは、万が一別のツェンタウァが襲ってき

ても困らないよう何時でもそれの使える準備をしたまま今日請けた依頼をこなし、その日

はこれ以上砂漠の中にとどまる意味がなくなった所で帰還の巻物を使いヴュストタウンへ

と戻っていた。





 ヴュストタウンへと戻って来たカイルはすぐさまギルドセンターへの報告を行った。

 その際それとなくツェンタウァの話をする事となったこともあり、改めて受け付けのお

姉さんからギルドについての話を聞く事となった。

 カイルがそれと無い対応をしたせいか分からないが、『カイル君が入れそうなギルドの

 事なら任せてね』と言った受付のお姉さんの声が妙に明るかったのは気のせいだろうか。

 まぁ、仮にそうだとしても何か影響があるとも思えないし大丈夫だと思う、多分。

 ギルドセンターへの報告が終わったカイルは、明日も請けるであろう任務に備えて必要

な物を揃える事にした。

 雑貨店や道具屋といった様々な店を巡り消耗した水や食料、帰還の巻物、装備品等を整

え終わり休める場所へ向かおうとした所で、

「ちょっとそこ行くお兄さん」

 カイルの耳に女性の声が響いた。

 声に反応したカイルが其方の方に振り向くと、そこには長い髪に女性の平均値よりも高

い背丈に細身の身体をして居る女性の姿が目に映る。

 服装は軽装な物をし、背中には飛び道具の弾の様な物を持っている見た感じレンジャー

の人だろうか。

 それにしても大人の女性の魅力が溢れている気がする。

「え・・・なんですか?」

「うふ、私と良いところに行かない?」

 戸惑うカイルに構う事無く女性は顔を近づけた。

「ちょ・・・行き成りなんですか?」

 不意に近付かれたカイルは後ろに向けて2、3歩跳ねた。

「あら?綺麗なお姉さんが誘ってるのよ?」

「あ、いや、申し訳ないですけど僕は女性に興味が無いですから・・・」

 カイルは視線を地面に向けながら答えた。

「またまた嘘言っちゃって〜可愛いボウヤねぇ」

 女性はクスッと笑い再度カイルに近付いた。

「ええ〜!?」

 この人、エイミーより面倒かも・・・やっぱり女性って面倒な人ばかりだよなぁ、うん。

「アリアーナさん、からかうのはそこ等へんにしときましょうよ」

 カイルが困惑の色を見せたところで若い男性が仲裁に入った。

 背丈は男性にしてはやや低め、短めで流された髪に細身の身体に小さなレンズをした眼鏡

を掛けており、身体にはローブを纏っている。

 恐らくマジシャンをやっているひとであろう。

「エリクさん?良いじゃない、面白いんだし〜」

「いやいや、これじゃあ僕達がギルドへ勧誘して来た人達と思ってくれないですよ」

「ん〜もう少しだけ、ダメ?」

 アリアーナがつまらなさそうな表情を見せながらエリクへ視線を送る。

「ダメですって」

 その視線に反応し、エリクは首を横に振った。

「あら?私は大人の女性の魅力を彼に教えようとしだだけよ?」

「気持ちは分かりますけど、それでギルドに入ってくれなかったら大変な事になりますよ」

「折角若い男の子が・・・」

 アリアーナは口を尖らせながらエリクに軽く視線を送った。

「それは入ってからでも遅く無いと思います」

「あ、それもそうねぇ、エリクさん頭良いわ」

 アリアーナはエリクに微笑みを返した。

「え・・・えっと・・・」 

「そう云う訳よ、ギルド登録の手続きは終わってるから後は君が承認してくれれば良いだ

けよ?」

「僕は入ると言ってないですけど・・・」

 カイルは両手のひらを前に出し、一歩後ろに下がった。

「あら、美人のお姉さんが居るのが不満かしら?」

 アリアーナはそれを見逃さず一歩前へでた。

「いや、流石に裏取るまでは無理ですって」

 カイルは声を乱し視線をそらした。

「それなら一度ギルドセンターに行きましょうか」

「仕方ないわね」

 エリクの提案によりギルドセンターへ向かう事になった。

 正直もうどうにでもなれ。

 カイルは段々と投げやりな気持ちにさせられていた。

 暫く歩きギルドセンターへと辿り着く。

 カイルの生気の無い顔を見た受付のお姉さんが一言声を掛けてくれた。カイルがその言

 葉に対して生返事を返した所で彼女が二人の姿に気付いた。

「あらら?アリアーナ様、エリク様、カイルさんがギルド入隊を承認したのですか」

「そうよ」

「ちょ・・・僕はギルドの話が本当かどうか裏を取りに着ただけですよ?」

「あら、ギルドセンターの受付嬢が今言った言葉で裏が取れたのじゃないかしら?」

「確かに裏は取れましたけど・・・」

「可笑しいわねぇ、貴方の口ぶりだと裏が取れたらギルドに入る様な感じだったけど?」

 アリアーナは口元に笑みを浮かべながらカイルを見た。

「う・・・」

 言い返す言葉の浮かばなかったカイルは、その視線を受け思わず身体を固めてしまう。

「まぁまぁ、ギルドに入っておけば今日みたいな事があっても大丈夫ですし、それに・・・」

「ウーン、カイルさんはまだ一人で旅がしたいんじゃないかな?」

 カイルの心境を汲み取ってくれたのか、エリクが言葉を言い切る前にラニアが彼の言葉

をさえぎった。

「ま、まぁ、そうですね。」

 その行為に気付いたのか、カイルは彼女に軽く視線を送った。

「本当に一人で旅を続けたいなら仕方ないですが・・・」

 カイルの言葉を聞いて少し躊躇ったのか一つ間を取って、

「学長からの勧めなんですよ。」

「え?」

 カイルは、エリクから言われた予想外の言葉に驚いた。

「はい、実はそろそろ仲間と一緒に行動した方が良いのでは無いかと判断されまして、そ

れでもし本人が望むなら私達が所属しているギルドに入れさせてくれと言われてます。」

 流石に、これだけ要素が揃ってるなら学長本人に態々確認を取らなくても大丈夫、だよ

な。

「分かりました、そう云う話ならギルドに入ります。」

 何かあったら・・・抜ければ良いよね?多分。

「え?カイルさん、良かったの?」

「ええ」

「じゃ、じゃあ本人の了承は取れたと言う事で、この紙にサインをお願いします」

 受付のお姉さんが一枚の紙とペンをカイルの前に差し出し、カイルが言われた通りにサ

インを記した。

 そのやり取りを見届けていたアリアーナとエリクがカイルに向けて軽く微笑み、カイルを

街の外へと連れ出した。拠点はセザールタウンにあるから、と言う事でセザールタウンへ向

かい所属したギルドの拠点へと案内された。

 ギルドの拠点と言ってもその外見はありふれた一般的な建物であった。

 エリクの話によるとこの国に存在するギルドが沢山あり、設立する事も意外と簡単である

為に態々軍事的な物にする必要も無く、大体の人は一般的な建物にすると言う話らしい。

 カイルが建物の中に入ると、同じギルドに所属していると思われる人達からの視線を浴

びる事となった。

 エリクがカイルの事を紹介し、ソレに続いてカイル自身も自己紹介を行った所で室内の空

 気も軽くなり、皆新しく入ってきた人を歓迎している様だった。

 その後皆で食事を取り、カイルにとってのギルド初日を終える事となった。





 カイルがギルドに入り1ヶ月程の時が流れた。

 ギルドに入ったばかりのカイルは相変わらず1人で黙々と任務をこなしていたのである

が、時間が経つにつれて周りの人から一緒に任務をこなしてみないかと誘われる機会が増

え、カイル自身も折角だからと誘いに乗り、徐々に周りの人達と馴染み複数の人達と行動

を取るようになって来たそんなある日の事。

「皆さんおはようございます」

 複数のギルドメンバーが立ち並ぶ中で挨拶をしたこの男性。

 すっきりとした風貌をし、背も男性の中ではやや高く体型もやや細めな男性が皆に向けて

挨拶をした。

「ちょっとルッセルさ〜ん、ぼくをこんな目に合わせておいてさらりと挨拶するなんて酷い

よ〜」 

 何処かで見かけた羊の着ぐるみが首に縄を締め付けたまま引きずられていた。

「何か言いましたか?」

 ルッセルは仕方なく物体の方に身体を向け尋ねた。

「そりゃあ真昼間から女の子をナンパしたり酒場でちょーっとお酒を飲んだりしただけだ

よ〜優しいルッセルさんなら・・・」

「心当たりがあるなら結構な事です」

 ルッセルが再び皆の方へ身体を向ける。

「さて皆さん、今日は折角ですので・・・」

「いや、だから、縄を解いてって」

 羊の着ぐるみが手足をじたばたさせながら懇願する。

「却下」

「ほら、悪い事もしないし、逃げ出そうなんてこと全然考えて無いからぁ・・・」

「あれー?何で視線が入り口に向いてるのですか?」

 エリクが少々呆れながら羊の着ぐるみに問いかけた。

「これ」

 ルッセルがエリクに別の縄を手渡した。

「あ、分かりました」 

 ルッセルの意図を汲み取ったエリクが、羊の着ぐるみを着た物体の手足を柱に縛りつけた。

「あ、いや、ちょ・・・」

「善良な子羊さんが善良で居続ける為の所作です」

 エリクは気ぐるみに対して優しく微笑んでみせた。

「魔法を使ったらわかってますよね?」

 ルッセルの口から凍りつくような言葉が放たれた。

「う・・・くぅ」

 物体の脳裏に悲惨な未来が焼きついたのだろうか観念した様で特に抵抗する事を止めた

だった。

 それよりも、何であの時の着ぐるみがここに居るのだろう?正直良く分からない生物だ

 った訳だけど見た感じ無理矢理つれてこられた感じがする手前何か重要な事でもあるの

 だろうか?まぁ、考えても仕方ないしその内分かる、よな。

「改めて、たまにはギルドメンバー全員で何処かに出かけようと思うのですがどうでしょう

か?」

 ルッセルが今集まっているメンバーの前で告げたのであるが、返事一つで賛同する物、下

の人が上に人に合わせたら危険だから止めた方が良い、上の人が下の人に合わせたら稼げ

ない、等その声に対して様々な反応があった。

「それじゃあ活動は何時も通りで結構です」

 あっさりと終わってしまった。

 一体なんだったんだろうかとカイルが考えていると、

「あ、カイルさんは残ってて下さい」

 ルッセルに呼び止められたカイルは不思議そうに彼の方へと振り向く。

「砂漠の神殿には行った事あります?」

「無いですよ」

「でしたら今日は僕達とそこに行きましょうか」

「それは構わないですけど・・・?」

 どうしてまた?ただの気まぐれなのだろうか?

「そろそろ強い敵と渡り合うのも一興と特命を受けてます」

「特命?」

「そうです」

 ルッセルが2つほどの間を空けて返事をした。

「分かりました」

「それともう一つ、強大な力を見ておくのも重要な事でしょう」

 強大な力?そう言えばクロノス大陸の歴史が書かれた本にあった砂漠の神殿のペ

ージに封印がどうと書かれていた様な・・・?

「これも学長の提案です」

「了解しました」

 学長が言うなら僕の気のせいか記憶違いって事かな。

 ルッセルは謎の物体の方へ視線を向けて、

「エリクさん」

「あ、分かりました」

 ルッセルの意図を汲み取ったエリクが謎の物体に繋がれたロープを解いた。

「ではいきましょうか」

「え〜行くって何処に〜?」

 ルッセルは素知らぬ顔で手に持ったロープを強く引っ張った。

「いたたたた、もぉ〜もっと優しく・・・」

 ルッセルが更に強い力を込めてロープを引っ張った。

「何か言いましたか?」

「く・・・くるし・・・」

 ルッセルは謎の物体を軽く見、ロープに込めた力を少し緩めた。

「ぼくはナンパしてる途中だったんだよ〜?あの娘あと少しで落とせ・・・」

「仕事」

 再度ロープに力を込めた。

「ぎゃーーーー」

「大丈夫、窒息しない様に加減してるから」

(そう云う問題じゃないと思うけど・・・) 

 再度ルッセルが行きましょうと告げた所で砂漠の神殿へと向かう事にした。

 砂漠の神殿へは転送士の爺さんによってセザールタウンからヴュストタウンへ転

送をしてもらい、街の外に出てからは砂漠を北上して辿り着くようだった。

 それにしても、マエルの爺さんはこの光景を見ても表情一つ変えずに仕事をこなしてい

たのだけど珍しい光景ではなかったのだろうか?何となく気になるなぁ・・・まぁ気にしても

仕方ないのだケド。

 相変わらず羊の着ぐるみはルッセルの手によって引き摺られたまま砂漠を北上した訳だが、

道中に現れるモンスターは基本的にカイルが倒す事となっていた。

 最も、このエリアにはじめて来てから一ヶ月も経過すればこの辺りに出現する魔物に全

く苦戦する事も無くなり、カイルにとっては雑魚と言って過言では無い相手だった。

 とは言え、流石に例のツェンタウァが出れば話は変わるのだが、その事をルッセルに尋ね

た所「全く問題無いですよ」と坦々とした一言が即答されただけだった。

 それはつまりこの前であったフィルリークって剣士と同じ位強い人が居ると言う訳であ

って、あの人でさえ凄く強いと感じたのにそう云う人が他にも居る訳であると言う事は自

分が知ってる世界はまだまだ狭い物と言う事をカイルは痛感させられていた。

 カイルがそこ等辺の雑魚を駆逐し続けながら歩き続いた所で小さな町ひとつ分の大きさ

はあろう建物が目に映った。 

「ここが砂漠の神殿です、早速入りましょう」

 カイルがこの建物に付いて聞こうとした瞬間エリクが建物を指差し説明をした。

「ところでこの物体はどうするんです?」

 カイルは、神殿に入ろうとしても引き摺る事を止めないルッセルに対し尋ねた。

「もう少し寝かしておく、大丈夫ピンチになったら起こすから」

「は・・・はぁ」

 とりあえずそう云うからにはそれが善手・・・なんだよなぁ?・・・多分。

 ルッセルの素っ気ない即答に少し戸惑うカイルであったが、それ以上は気にする事無く神

殿内部に入る事とした。

 砂漠の神殿の中に入ると光に閉ざされた空間が広がり、この建物を構築している

素材の隙間より照らされる僅かな陽の光だけが頼りになっており、夜になってしまえば恐

らくは真っ暗な空間が広がってしまう事になるだろう。

「少し待って下さいね」

 エリクがなにやら口ごもり印を結んだ。

 何だろう?とカイルが彼を覗き込んだ瞬間、突然彼の手から光の球体が飛び出してきた。

「これで明かりは確保できましたよ」

 エリクは不思議そうに覗き込んだカイルに軽い笑みを見せて、

「これは魔法の一つですよ、この魔法は周囲を照らしたい時によく使ってます」

「成る程」

 エリクが使ってくれた魔法のお陰である程度の視界を確保する事が出来た。

 ある程度明るくなった空間を改めて周囲を見渡してみると、壁や柱は石と思われるもの

で作られて居る様だった。

 何でもない石造りの建物かと思い漠然と眺めていると所々骨の様な物が転がっている事

に気付き、注意深く見てみると人間が使っていそうな装備品の一部が転がっているように

見え、エリクが照らす光の真下を見るとなにやら血痕の様な物が着いている様な気がした。

 ソレを見たカイルは思わず視線を大きく逸らしてしまった。

 ・・・そう言えば人の気配が全くしないなぁ・・・神殿といわれる位だから人が集まって居そ

うな物なのだけども・・・って事は・・・ねぇ?

「昔は神殿として人が集まっていたらしいのですが、この辺りが完全な砂漠になってから

使われる事が無くなったとかどうかと書物で見た事があります」

 カイルの仕草を見た説明を続けた。

「死体に見慣れて無いなら仕方ない」

 ルッセルが呟いた。

「え゛」

 思わずカイルの表情が凍ってしまった。

「ははは、こう云う所で言うルッセルさんの言葉って破壊力がありますよね」

「褒めないでくださいよ」

 ルッセルが照れながらエリクを軽く横目で見た。

(それ、褒めてないと思うケド・・・)

「それでまぁ、今では魔物が徘徊する無残な建物となっている訳です。これは冒険者全般

に言える事なのですが、己の力量を正確に分析できず十分な準備を怠り無謀な冒険を行っ

た結果彼等の様に無残な骸を晒す事になります」

 今エリクの説明した言葉は少しだけ声に力が入っていた。

 多分、僕に対する忠告も入っているのだと思う・・・下手をすれば死が見える世界だもんね、

改めて気をつけなきゃ。

「財宝も大切ですが、誰にだって命は一つしかありませんから・・・」

 二つ程の間があった。

 僕には、僕に念を押した様に感じられた。

 一行は神殿の奥へと向かっていった。薄明かりながらも所々見かける屍がなんともいえ

ない気分にさせてくれる。カイルが抱いたその心境を知ってか知らずか『人間の屍ばかり

じゃないから大丈夫』とルッセルからその様な言葉が聞こえた。

 確かにこうやって冒険者も来てる訳だし魔物の屍もあると言えばある・・・って問題はそこ

じゃないと思うんだけどなぁ。

 考えても仕方ないか、と進行方向へ視線を戻した所で、

「あ、カイルさん魔物が出てきたので訓練がてら対峙してみてください。ちょっと苦戦す

る位だと思いますが、いざとなったら私が助けるから大丈夫です」

「分かりました」

 少々不安な気持ちを抱きながらもエリクの指示する通り少々前へ出て武器を構えた。

 しかし、カイルの視線が捉える物は先に見える暗闇しかなく・・・

「もう少し下です」

 カイルはエリクの声に反応をし視線を降ろすと、カイルが始めて出会った魔物よりも少し

大きく、お酒を飲んで街中をふらついている様な印象を持つ魔物の姿が目に映った。

「えっと・・・虐殺すれば良いのですか?」

「人も見かけ通りじゃない」

 『も』と言う言葉を強調しルッセルが呟いた。

「分かりました」

 そうは言われたもののどうもしっくり来ない。こんな小さくてフラフラしてそうな魔物

が到底強いとも思えないが、無数の冒険者の死体・・・だとしても別の魔物の仕業の気がして

堪らないんだよなぁ、まぁさっさと終わらせれば良いか。

 カイルは手にした剣の柄を魔物に向け、額目掛けて鋭く突いた。

「ん?」

 攻撃を当てれば魔物の意識が吹っ飛び戦いが終わるだろうと思ったカイルであったのだ

が、どうも何かが可笑しい事に気付く。

(手応えが無い)

 つまり自分の攻撃は外れた訳であって、油断した状態で放った一撃ってのは次の事なん

か考えてない訳であって・・・それは膨大な隙を晒している訳だよねぇ。

 と言ってもこれだけ小さい魔物が放つ攻撃なら全く問題無い・・・筈。

 

 ・・・ごめんなさい、嘘でした。

 何か身体全体がすこぶる痛いんですけど、鎧を着てる筈なのに身体の中が痛い訳で。

「無属性魔法ですね」

 くらくらする意識の中でエリクの声が聞こえた。

 つまりこの魔物が放った無属性の魔法のせいで防具を貫通してダメージを負った訳か、

どうも手加減している余裕は無いみたいだ。

 剣を正しく構え魔物に向かって一歩踏み込んだ。

 今度は加減をしない、と左上から右下に向け大きく剣を振り下ろす。

(また、手応えが無い)

 あの大きさの魔物なら・・・物理攻撃は来ない、となればこの隙をもう一度魔法で狙う筈。

 カイルは後ろに向けて軽く飛び周囲を見渡す。

 再び視界の中に魔物を捕らえたカイルは小さく剣を振り下ろした。

(速い・・・が)

 カイルの攻撃は空を切ってしまう。 

 今の攻撃もカスらせられないとなれば恐らく単独の攻撃では当たらない。

 ならば・・・。

 カイルは一旦回避動作を取り、相手に魔法を使わせる前に再び魔物を視界の中に収める。

 攻撃態勢を整えたカイルは、腰を落とし右から左方向への横一閃を放つ。

(恐らく・・・)

 剣による一閃を放った直後、左手を天井に向けて突き上げた後に振り下ろした。

 直後、何かがぶつかる音が神殿内に響いたかと思うとカイルの目の前に首と胴体が切断

された魔物の屍が転がっていた。 

「お見事ですね」

 戦いの一部始終を見ていたエリクが口を開いた。

「もう少し苦戦する様でしたら私の魔法で相手の機動力を奪おうと思っていたのですが、

良いセンスでしたね」

「いえ、偶然ですよ」

 カイルが少し照れながら返事をした。

「いやいや、剣の攻撃を囮にして相手に回避動作を強要させて、相手の回避先目掛けて盾

を投げつける。あのサイズの魔物ならカイル君の盾が直撃すれば致命傷に近いでしょうか

ら、それで大きな隙を作って剣でトドメを刺す。見事でしたよ。」 

「有難う御座います」

 その後も神殿の中を探索していると、視界が狭いのも手伝ってか段々入り組んだ複雑な

地形と感じるようになった。

 探索の道中、弓矢を使って遠くから攻撃してくる魔物、低空ながらも空を飛びながら襲

ってくる魔物、剣士の様な格好をした魔物と言った様々な魔物が襲ってきたのであったが、

カイルは苦戦しながらもそれらの敵を倒す事に成功をしていた。

 それから暫く経った所で、

ツェンタウァ

 ルッセルが呟く。

「え?」

 突然、フィルリークの助けが無ければ今頃生きているかどうか分からない程強大な敵の

名前がルッセルの口から呟かれた。

「カイル君はツェンタウァに敵いませんでしたよね?」

「え・・・まぁ」

 どうしてこの人達はあの魔物を見ても平然としていられるのだろうか・・・。

「なら丁度良いですね、ルッセルさんあれを」

 エリクがルッセルの方を見つつ地面に向けて指をさしていた。

「え?」

 現状を理解出来ないカイルの思考が停止してしまった。

「ラロさん、半裸の美女が歩いていますよ」

 ルッセルが羊の着ぐるみに向かって声を掛ける。

「え?なんだって・・・どこどこ〜」 

 ルッセルの言葉を聞いた羊の着ぐるみが突然起き上がり辺りを見渡しだした。

「ほらあそこ」

 ルッセルがツェンタウァを指差す。

「・・・アレの何処が美女なんだよ〜」

 がくっと方を落とした生物がルッセルの方へ顔を向ける。

「半裸、ぼくの基準ではアレが美女」

 ルッセルが素っ気なく即答をした。

「ルッセルさん・・・覚えていろよ〜?」

「ごめん、ぼくとラロさんの基準が違ってた」

 ルッセルが一つの間をおいて素っ気なく返した。

「まぁまぁ、折角目が起き上がった訳ですし、大魔道師子羊様の大魔法を新人のカイル君

に見せてあげてくださいよ」

 間に入ったエリクが生物をおだて上げた。

「大魔道師ラロ」

 ルッセルは生物の方を向き視線を送った。

「やだなぁ〜そこまで褒められると・・・」

 煽てられた生物の声が踊り始めていた。

「あ、実は私も大魔道師子羊様の大魔法が見てみたいです」

 エリクも生物に視線を送る。

「もう〜そこまで言うなら仕方ないなぁ〜君達には特別に善良な子羊様の大魔法を見せて

あげるよ〜」

 生物が、意気揚々とした声を発しながら魔法の詠唱を始めた。

「単純・・・」

 ルッセルが誰にも聞こえない様な声量で呟いた。

「特別だからねぇ〜」

 詠唱を終えた生物が前方に両手を突き出した。

 生物の手の平から強烈な光が放たれたかと思うと、その光がツェンタウァを囲い込んだ。

 その直後、光がツェンタウァを中心に天に向かい聳え立つ光の柱と変化した。

「・・・凄い」

 カイルは生物の放った魔法のあまりにも凄さにあっけに取られていた。

 数秒して正気を取り戻した所でツェンタウァが居たと思われる場所を見渡してみたが、

そこに残されている物は何もなかった。 

「どう?どう〜?すごいでしょ〜?」

 生物がカイルを見ながら意気揚々と周りを飛び跳ねていた。

「流石ラロさん」

「でしょでしょ〜すごいでしょ〜?」

「いや〜やっぱりラロさんの魔法は何時見ても凄いですね」

「もっと凄い魔法もあるんだよぉ〜?広範囲の魔物も一掃出来る魔法もあるんだけどぉ〜」

 ルッセルとエリクにも賞賛された生物は言葉までも踊らせ始めた。

「調子乗りすぎ」

 ルッセルがボソリと呟いた。

「だけどぉ〜ここは建物の中だからみ・せ・ら・れ・な・・・・・・」

『い』という言葉が続くはずであるのだが、不自然な形でその言葉が聞こえなかった。

 疑問に思った3人が周囲を見渡してみても物体の姿を確認する事が出来ず、最後に生物

の声が聞こえた辺りまで足を運んだ。

「穴がありますね」

 エリクが、生物の消えた辺りで視線を落とした所で、巨大な穴がある事に気付いた。

「どうも、ラロさんが放った魔法のせいで穴が開いてしまったみたいですね」

「ほっとく?」

 ルッセルが軽くエリクに視線を送った。

「多分自力で脱出出来るでしょうけど、物凄く深そうですし念のためにここで待ってみま

しょうか」

「え・・・?助けなくて良いのですか?」

 カイルは、二人の言葉に対してキョトン、とした表情を見せた。

「穴に落ちるの珍しくないし」

 ルッセルがさらりと言葉を吐いた。

「そうそう、いつもの事ですからそこまで深刻な事でも無いのですよ」

 続いてエリクも軽く言葉を放った。

「は・・・はぁ」

 本当に大丈夫なのだろうか?だけどあの物体と関わりの長い人が二人揃って大丈夫と言

ってるし・・・ウーン・・・。





「イタタタタ・・・」

 穴から転落した謎の生物がとりあえず周囲を見渡してみたが、辺りに広がる暗闇以外確

認する事が出来ず、何処か寒気を引き出す様な不気味な気配のする空間と感じる。

 あまりにも不気味な空間に長居する事は無用と判断した生物は転移魔法を試みるも、何

故かその効果が発動しなかった。

 魔法がダメなのか、と判断し帰還の巻物を使ってみるもこれもまた全く効果が発動しな

い。

 ならば仕方ないと周囲を明るくする魔法を唱えても発動しなかった。

 しかし、辛うじて炎の魔法を唱える事が出来た為炎が発する光を頼りに辺りを調べる事

とした。

 辺りを調べてみると、何かの力で作られたと推測される部屋の様な空間が広がっていた

為、生物が思っていたよりかは広い空間となっていた。

(か・・・身体が?)

 更に奥深くへと歩みを進めた所で、突然物体の身体が動かなくなってしまった。

 麻痺や怪我と言った訳でもなく突然身体が動かなくなった原因は分からない。

 先程から続いていた寒気の様な感覚、それが心すら凍らせてしまう様なその様な感覚が

身体の自由を奪ったという仮説を立てるのが精一杯だった。

【力は欲しくないか】

 突如身体の自由を奪われた物体の脳に直接言葉が響く。

「だ・・れ・・・だ?」

 あまりに不気味な出来事に、物体は自分が見られる範囲で辺りを見渡した。

【失礼、我はラロカオス】 

「ど・・・こにいる?」

【我に姿は無い、簡単に言えば思念体である】

「し・・ねんた・・・い?」

【そういう事だ、主の身体に我を宿せば我の力を授けようという訳である】

「こ・・とわ・・・る」

 物体の身体が小さく震えた。

【では尋ねよう、この場からどうやって出るのであろうか?】

「くっ・・・」

 物体は唇を噛み締めた。

【カオスを超える力が欲しいと思わないか?】

 その言葉に対し物体は思わず視線を落とした。

【そう云う訳だ】

 物体は黙って目を伏せた。

【仮に拒否した所で主に選択権は無いがな】

 物体がゆっくりと口を開く。

【止めたまえ、我の手に掛かれば人間一人を生き返らせる事容易い事である】

「・・・」

 物体の身体に込められた力が抜けた。

 思念体がその姿を確認した後、物体は意識が少しだけ混濁される様な、そんな感覚に襲

われた。

 物体が再び意識を認識した時、心配そうな表情を浮かべるルッセル達の姿が映っていた。






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