第一章





 青く澄んだ広大な海の上に存在する大陸。

 この大陸の北部から北西部にかけては幾多の動物が生息する山々が連なった山岳地帯が

広がっており、大陸の西部から南西部に掛けて広大な砂漠の土地が広がり、大陸の東部に

は人の気配の感じられない程深い木々に囲まれた森林地帯が広がっている。

 その大陸の北北西部には広大な平野が広がっており、そのほぼ真ん中を位置する場所一

つの街が栄えている。

 今から300年前、若き勇者セザール・ディオールがこの大陸を統率した。

 国民は彼の功績を称え、彼が国を治める事に賛同した。

 こうしてセザール・ディオールの名『セザール』より、セザール国家と名乗る国が作ら

れた。

 彼がこの国を統率し建国した瞬間をセザール暦0年とし、歴史に産声を上げる事となっ

た。

 初代国王セザールは、民の事を考えた政策を続け民衆からは絶大な支持を受ける国王と

なり比較的安定した政治を続けていた。

 しかし、2代目、3代目と世代交代が続くにつれ徐々に民の事を無視した私欲を重視し

た政策を練らた。

 それ等の政策により貧困に喘ぎ続けた民衆はその不満を爆発させ、同胞達を集め国王軍

へと反乱を起こした。

 初代セザールがセザール国家を作ってから180年後、セザール9世が収めている時の

話である。セザール王国と民衆の反乱はそれから10年もの間続いた後遂に民衆軍がクロ

ノス9世を討ち取る事に成功し、民衆軍のリーダーが変わって統率する事となった。

 セザール暦200年、セザール王国は安息の時を迎える。

 この時、再び国王による民衆の搾取が戻らぬよう現政権の是非を問い、一定の民衆が不

服と唱えた場合民衆軍が武器を取りその政権を退けさせる事が出来るというルールが制定

される。

 しかし、そのルールが制定されるも暫くは安定した政権が続くような事は無く数年事に

城主が変わってしまうと言う不安定な情勢が続いていた。

 セザール暦245年、大魔道士カオスが束ねる民衆軍の手により彼が政権を手にする。

 彼が政権を取った後、初代セザールの方針に則った非常に安定した政権を実現させ誰か

らの反乱を起こす事も無く50年の歳月を重ねた。

 その頃、城主カオスは次世代の育成が必要であると判断し、政権をラロフィーノに譲

った後、自分は後継者の育成に専念する事とした。

 セザール暦300年、政権がラロフィーノに委ねられてから5年の歳月が経っていた。





 セザール王国には城下に一つの街を構えており、セザールタウンと呼ばれている。そこ

にはギルド、学校、宿泊施設に商店や住宅街とその他様々な施設が立ち並び、大陸中の冒

険者が集まる事もあり非常に栄えている。

 その街の東部にセザール学校と呼ばれる一際大きな建物があり、この建物は50年もの

間安定した政権を取り続けた大魔道士カオスによって次世代を担う者の育成を目的とした

建物であった。

 この学校では前線で戦う事を得意としたナイト、同じく前線で戦いの中でも攻撃に特化

したファイター、機動力を生かし敵を翻弄する様な戦い、遠距離から物理的に敵を狙撃す

る事を得意としたレンジャー、強力な魔術により味方の援護や敵の攻撃を行うマジシャ

ンの育成を行っている教育機関だ。


「それでは卒業証書を授与するので名前が呼ばれた者から私の元へ来るように」

 セザール学校の入り口から入って暫くした広場、沢山の男女によって埋め尽くされたこの

場所で程よく歳を重ねた男性の声が辺りに響く。

 名前を呼ばれた者が順じ彼から書類を受け取ると、安堵の笑みを浮かべるもの喜びを示

すもの、嬉しさのあまり友人と騒ぎ出すものと居た。

「これが最後の生徒だ、ナイト部所属カイル・レヴィア」

「…はい」

 セザール学校学長カオスに名前を呼ばれた男はゆっくりとした足取りで彼の元へと向か

う。

「これから先大変な事があるかもしれないが頑張ってくれ」

 カオス学長から激励の言葉を受け取ったカイルは軽くお辞儀をし元居た場所へと戻っ

ていった。

(そう言えば何か気になる視線を感じる様な・・・?気のせいか)

 カイルが元の場所へ戻り暫く経った所で、学長からの挨拶で卒業証書授与式は締められ

た。

 卒業証書授与式が終わり式に参加していた学生達は解散を始めた。カイルもこれ以上は

セザール学校に要は無く家への帰路に付く事とし、セザール学校の門を出る事にした。

これで晴れて冒険者となった訳なのだがまずはどうすれば良いのだろう?僕はナイト学

部を出たので、剣を主体として冒険をする訳なんだけど…

 カイルは少し立ち止まって街を見渡した

 彼の視界には様々な建物が目に浮かんだ。

……どれも似たような建物だ、これじゃさっぱり分からない。学長からは経験がどうの

こうのって言ってたけど、僕としては今すぐ国に仕えるのが面倒だから冒険者になったん

だよな。

 周りを見渡した所でヒントすら得られなかった事に落胆したカイルは再び視線を元の位

置に戻した。

「あら?冒険者の道に進む事になった落ち零れカイル君じゃない?」

 突如、カイルの耳に若い女性の声が聞こえた。

 声に反応し、思わずカイルが振り返った先には、肩程までに伸ばし束ねられた金髪をし

女性の中ではやや背が高く標準的な体型をした少女の姿があった。

「貴女は誰ですか?」

 カイルは若干眉をひそめ少女を見返した。

「ちょ…今期卒業生で最も美少女と謡われるエイミー・ビアス様に向かってなんて事を!?

 エイミーは口元に若干力を込めてカイルを睨みつけた。

「そんな事を言われましても、知らないモノは知らないとしか言えないですよ」

 カイルは少しばかり空を見上げた。

「なっ…」

 カイルの言葉に対してエイミーは更にきつく睨みつけた。

「と言いましても・・・そもそも僕は女に興味が無いのですよ、仮に興味があるとしても別な

容姿をしている女の子が好みですし・・・」

「なんですってぇ!?この美少女に向かって本気でいってる!?」

 エイミーが少し姿勢を落とし鋭い眼光のままカイルを見上げる。

「そんな事言われても事実ですし」

「だから私は卒業生一の美女なのよ?光栄にもその私が貴方みたいな落ち零れに声を掛け

たのよ?」

 カイルは少し肩を落として、

「それだけの美女と云うなら貴女に声を掛けてくれる美男子の一人や二人は居ると思うの

ですが・・・」 

「う…」

あれ?強気な事を言った割にはそういう人が一人も居ないのかな?

「居ないのですか?」

 カイルは、一つ間を置きゆっくりとした口調でエイミーに尋ねた。

「わ…私だってあ、あんな美男子好みじゃないわ!!」

あれ?声が震えてる?図星だったのかな?

「そう言えば、どうして僕が冒険者って事が分かったのです?」

「う…くっ…それは…」

 カイルの質問に対し何も言い返す言葉が浮かばないのか、エイミーは言葉を濁しながら

目を伏せた。

(あーそう言えば名簿を見れば国に仕えるか冒険者やるか分ったっけ?

 カイルはエイミーをチラッと見て、

「そう言えば、落ち零れって言われようが僕は気にもしないのだけど、冒険者と云うのは

何をすれば良いのです?」

 カイルの質問を聞いた瞬間、エイミーの顔が明るくなって、

「えーそんな事も分からないの〜?」

「そうだね、分からないから聞いたんだ」

「そんな事言って〜本当は……」 

 うーん、何か面倒な女の子だなぁ、これなら何も聞かなかった方が良かったかも・・・。

「んー、僕が嘘を付く必要なんか無いと思うけど・・・」

「……何よッ」

 エイミーはカイルを睨むと踵を返しその場を立ち去った。

 僕は何か変な事言ったのかな?まぁいいやまた会う事なんか早々無いと思うし。

 兎も角街を調べまわろう、ここに居るだけでは何も分からない事だし。


 エイミーと呼ばれる良く分からない女性との対峙を終わらせたカイルはそのままセザール

タウンを探索する事にし、暫く歩いたところで街の広場と思われる場所に出た。

「僕は善良な子羊だよ〜」

 ふとカイルが辿り着いた広場には意味不明なフレーズと共に待ち行く女性に声を掛ける何

かがあった。

(アレは何だろう?一応、人間の言葉をしゃべているケドあれってどちらかと言うと物だよ

ね?)

「そこのおね〜さん〜僕と一緒にお茶でもどぉ〜?」

 近くを通りすがった女性を謎の物体が声を掛けるも、声を掛けられた女性は愛想笑いを

浮かべると、『ごめんなさい、忙しいから』と一言残して通り過ぎた。

(優しいなぁ、あの女性。僕なら完全に無視するけど……)

「大丈夫、僕は善良な子羊だから危害なんか加えないって〜」

…ナンパするのは勝手だがせめて人の姿でやったらと思うけど・・・

「僕は学園長みたいな悪魔と違うから〜」

(確かに学園長からは黒い気配を感じなくも無いけど…女の趣味が悪い気配なんか微塵

も感じなかったけどなぁ・・・)

「僕は善良な子羊だよ〜」

 また最初のフレーズに戻った様だ。

誰が羊の着ぐるみを着た物体が言う言葉に対して、はいそうですと言って信用するのだ

ろうか?大体、カッコ良い男でもあんな風に声掛けて成功する事なんかそんなにある訳で

もないのに……

 カイルが暫く傍観していると突然羊の着ぐるみを着た物体がこちらを振り向いて、

「おや?」

 と一言人語を発したと思えば、

(何かこっちに向かって歩いてきたんですけど)

「やあやあ、私は善良な子羊…」

 この物体声質から察するに男と思うのだが、これ、男でも良いのか?幾ら僕が女に興味

無いからと言って男に興味がある訳でもないんだが…。

「君の事は…」

 で、どうすんだ、これ。逃げた方が良いのか?ナイト学部を優秀な成績で出た位だから

走力には自身があるし、何より着ぐるみを着た相手なら自分が太っても無い限りは逃げれ

そうだなぁ

 一歩ずつ着実に近付く羊の機ぐるみを着た物体。

(意表を付くなら前、距離を取るなら後ろだけど・・・明らかな走力差がある状況なら答えは

一つしかない)

 流石に男に趣味がある訳でもないカイルは、捕まってエイミーの時以上にめんどうな事

になるのが嫌だと思い、謎の物体が自分と触れるまで後数歩の所で地面を強く蹴る。

 あの物体に追い付かれる訳が無い、そう思っていたカイルであったが、

「んー?逃げるの?仕方ないなぁ」

 羊の着ぐるみを着た物体が人語を呟いた後に印を結ぶ。

 カイルは物体との距離を取れた事を確認する為に後ろを振り向く。

 物体が立ち止まる姿が目に映る。

 此方の走力差を見て諦めた?と考えた。

 羊の着ぐるみを着ている物体の周りに光の粒が集まり始める。

 それでも万が一があると考え走る速度を緩めない。

 しかし、

「なっ」

 カイルは自分の目を疑った。

 何故?どうして僕の目の前にさっきの物体が居る!?さっき振り返った時点でどう足掻

いても考えても追いつけない距離に居たのに。それでも油断せずに距離を取った。なのに

どうして僕の目の前にさっきの物体が居るんだ?

 いや、目の前に現れた以上仕方が無い。

 カイルは気持ちを切り替え状況を把握する。

(右か?左か?)

 自分と物体との距離を考えたらこのスピードで後ろ方向へ切り返すのは無理。ブレーキ

を掛けた時点で間違いなく追いつかれる。

 ならばこの速度を維持したまま通り抜けるしかない。

(確率は50%・・・)

 カイルが物体の目の前に辿り着いた瞬間、彼は右方向に向け地面を蹴った。

 次の瞬間、彼の視界から物体が消える。彼は50%の賭けに勝った。

「残念でした」

 しかしそう思えたのは一瞬だけであった。

 カイルが物体をかわしたと思った直後、物体の発する声と共に今度は彼の目の前に物体

の姿が映る。

 避けきれない、そう判断した彼は被害を最小限に食い止めるべく、自分の身を守る様に

腕を前に差し出した。

「テレポート、なんだな」

 謎の物体と衝突した衝撃で朦朧とする意識の中で人語が響いた。

「いやいや、自己紹介がまだだったね、私は善良な子羊」

 やたらと陽気な人語が聞こえる。

「いやいや、学長がカイル君に冒険者について教えてあげてくれと説明を受けてね」

 何故羊が流暢に人語をしゃべっているのだろう?

「おやおや?ぶつかった衝撃で気絶したのかな?」

 この状況、どうするべき?

「んー仕方ないなぁ…」 

 直感であるが身の危険を察知したカイルは気力を振り絞り、朦朧とする意識を回復させ、

起き上がった。

「おや?意識が戻ったのかな?僕はただの善良な子羊だよ?カイル君は本来国に仕える予

定だったから冒険者としての知識はあまりない、それで良い?」

 物体がカイルに尋ねる。

「・・・・・ええ」

「まずはあっちの方にあるギルドセンターに行ってそこで仕事の依頼を受ける、で依頼が

終わったら報告をして報酬を貰う」

あっちって言われても分からないけど・・・?まぁ、後でどうにかしようか

「若しくはそこら辺を俳諧している魔物を倒してその戦利品を頂戴する。強い魔物ほど貴

重な物を持っていたり、それ自体を倒せる人が少ないから高価になったりもする」

奪う…ねぇ?まぁ、こっちも生活掛かってるならそんなもんかな

「と言う訳。ま、自分が強ければ強いほど稼ぎ易いって事、それじゃ説明はこんなもん

だから、後は適当に頑張って」

結構適当なんだな、まぁいいや

「・・・有難う」

 顔を上げたカイルの視界に物体の姿が映る事は無かった。

よく、分からんな





 羊の物体から冒険者の説明を受けたカイルは取りあえず街の外へ出てみる事とした。

 ギルドセンターがどうのこうの言ってたけど、探すのが面倒だったので取りあえず出来

る方からやって見る事にした。

 とは言え幾らなんでも何も準備しない訳も行かないので、街の外へ出ても良い様な最低

限の装備品を調達する事にした。

 カイルはナイトという事なので、鉄製の盾とやや長めの剣身を持つ鉄製の剣、鉄製の鎧

と鉄製の兜を購入し街の外へと出たのであった。

 セザールタウンの街の城門から出ると平原が広がっており、カイルと同じ様冒険者とし

て活躍をしていると思われる人の姿がチラホラと目に映った。

 街の近くという事もあり特にあわただしい空気が出ている訳でもなく、時折魔物らしき

物と対峙している冒険者が居る位であった。

 取りあえず魔物と対峙してみようと考えたカイルは出来るだけ魔物が居そうな場所を目

指して歩き回り、暫くした所でソレらしき物を見つける。

 30cm位の背丈、人に近い様な風貌をしており、右手には棒の様な物を持っている生

物であった。

(これ、刻むの?)

 人型である事、小さな風貌も重なって冒険者としての振る舞いに少々戸惑ってしまった。

 その生物は、そんなカイルの心境などお構い無しに襲い掛かってきたのであるが、あま

りにも体格差がある為カイルにとって害になる事は無かった。

 かといって、このまま小突かれ続ける趣味も無いんだよね。

 カイルはその場を離れ様としたのであるが、その生物は必死に走ってカイルの後を追い

かけて来た。

(段々めんどくさくなってきたなぁ)

 不意にカイルが立ち止まったかと思うと身を屈め、その生物に向かって手を差しだした

かと思うと、生物の額に向けて指を軽く弾いた。

 ピシッっと言う音と共に生物が吹き飛ばされ、仰向けに倒れた。

 脳震盪でも起こしたのだろうか?生物は意識を失ったのかそのまま起き上がる事はなか

った。

これが俗に言う魔物なのか?別に大したこと無い様な気がするが……それとも比較的安

定してるといわれているセザールタウン近辺だからこの程度の魔物しか現れないの

か…

 しかし、油断はしないに越した方が良さそうか、そう考えたカイルは再び平原の探索を

始めた。

 カイルが平原を探索して暫く経った時の事であった。

「うふふ、この程度の魔物が私を倒せるとお思い?」

 何か女の声が聞こえる。

 この平原を探索している冒険者は他にも沢山いるのだが、何故だかカイルの耳に印象が

残る声だった

「あはは、こんな雑魚しか居ないってのなら冒険者なんて楽勝よねぇ」

 楽しそうな声を出しながら、印を結び先程の生物に向け指先から炎を飛ばす。

 炎に包まれた生物は断末魔の悲鳴をあげながら悶え、苦しみながら平原を転がる。

 どれだけ地面を転がっても生物を包み込む炎が消える事はなく、強い音を出していた悲

鳴は徐々に弱くなっていった。

 そして、最初、大きな音を上げていた悲鳴が嘘の様に弱々しいしい音となったかと思っ

たかと思えば、生物の身体が包まれた炎の熱に耐え切れ無くなったのか、それ以降ピクリ

とも動く事は無くなった。

「あらぁ?この程度で終わりなの?情けないわねぇ〜」

 生物が悶え苦し、死に絶えるまでの一部始終を眺め、楽しんでいる様であった。

 少しの間生物の死体を眺めた少女は、私を楽しませてくれる次の獲物を、とその場を立

ち去った。

 それにしても趣味の悪い女だな、まぁ、他人がどうしようがその人の勝手か。

 しかし、何処かで聞いた記憶のある声だった様な……。

 まぁ、気にしても仕方ないとその様子を傍観していたカイルもその場を後にする事にし

た。

 平原を暫く探索すると、徐々にカイルの目の前に別の魔物が姿を見せ始めた。

 最初見かけた生物よりももう少し大型であるが人間に比べればもう少し小さめの生物、

最初に見かけた生物と大きさは同じだが、鋭利な武器を持ち、それより機敏な動きをする

様になった生物、木々が群生しているかと思い数歩足を踏み入れれば、突然背後から枝を

忍ばせ迷い込んだ獲物を狙う、木に良く似た魔物が居た。

 しかしカイルにとってはそれらの魔物も特に障害になる訳でもなく、剣の柄を使い相手

の意識を奪ったり、先の生物同様指で相手をはじき意識を飛ばしたり、カイルを襲う枝の

みを切断し何事も無く探索を続けた。

 今日の探索はこの位で良いだろう、と空に昇っていた陽が落ち始めた所でカイルは、

ザールタウンへと戻り始めた。

 カイルが帰路に付いて暫くたったところで、

「なに?このあたしと戦ろうっての?随分と強気なのねぇ」

 どっかで見た覚えのある少女が魔物に向かって話掛けている。

 彼女と対峙する魔物は、カイルが暫く前に戦ったやや大型の物だった。

「生意気な事言ってくれるんじゃないの?」

 別に魔物は何もしゃべってないんだけどなぁ。

 少々呆れながらも、何となく興味を持ったカイルは少女の戦いを傍観する事とした。

「うふふ、じゃこれでも食らいなさいね」

 戦いを楽しむかの様に、いや虐殺を楽しむかの様に少女は先ほど小型の魔物に結んだの

と同じ印を結ぶ。

 そして、少女の指先から目の前にいる魔物へ向けて火の玉が飛ばされる。

 彼女の指先から放たれた火の玉が魔物を襲う。

 このまま先程の魔物と同じ様に炎に包まれ、断末魔の叫びが始まるかと思ったその刹那、

魔物の視界の前に現れた火の玉に対し、とっさに右手に持った武器を炎に向けて突き出す。

 少女が放った火の玉は、魔物が突き出した武器にあっけなく弾き飛ばされた。受け流さ

れた火の玉は、地面に向かって力なく沈む。幸いな事か、火の玉が沈んだ場所に燃えるも

のが無く、地面に接した火の玉は何事も無く消滅した。

「な・・・なんですって!?」

 一方的な虐殺を頭に描いていた少女は、自分の攻撃を回避された現実に驚愕の声を上げ

る。

「そんなもの偶然よっ」

 少女はもう一度印を結ぶ。

 その隙に魔物は少女との距離を少しだけ詰める。

 少女の指先からもう一度魔物へ向けて火の玉が放たれる。

 少女の必死さを嘲笑うかの様に魔物は再び手にした武器を突き出す。

 力なく沈む火の玉。

 私の魔法が通用しない訳無い、少女は懲りずに印を結ぶ。

 やはり、距離を詰める魔物。

 目に見えて冷静さを失う少女。

 気が付けば、魔物が手にする獲物が少女に届く範囲まで距離を詰められる。

 しかし、完全に冷静さを失った少女は魔物が右手を横に向け振りかぶった事にすら

気付かずに印を結んでしまう。

(んー、斬られても死ぬ事は無いだろうケド、流石に怪我は避けられないだろうなぁ、な

んだかめんどくさい女だったけど仕方ないかな)

 印を結び終え目を開く少女。

 横に振りかぶった武器を、左から右へと薙ぎ払い始めた魔物。

 その姿を視界に捉え、驚愕な表情を見せる少女。

 指先に集まりかけた火の玉を破棄し、獲物の直撃を避けるべく右腕を身体の前に出しつ

つ体勢をやや右に傾ける。

 直後、少女を襲うであろう痛みに備え全身に力を込め、歯を食いしばり目を閉じる少女。

 次の瞬間、鈍い音が平原に響く。

 例え酷い痛みがあろうが、兎に角距離を置かなければ殺されてしまう、と少女は後方に

向け地面を強く蹴る。

 上手く地面を蹴れた少女は閉じていた目を開く。

 一刻も早く今受けた傷の治療をしなければ・・・と思ったところでふと気付く。

 ・・・そう言えば痛みが無い、と。

 不思議に思った少女は恐る恐る後ろを振り返った。

「えっ!?」

 彼女の視界に広がった予想外の出来事に思わず少女は足を止めた。

 本来自分の視界に写る筈だった自分を襲う魔物の姿が無い、恐る恐る自分の右手を見れ

ば傷一つ付いていない。どういうことだろう、と視線を奥に巡らせて見れば自分を襲って

いる筈の魔物が地面に横たわっている姿、と一人の少年が目に映る。

 どうして彼がここに?もしかして彼が私を助けた?予想もしなかった現実を突きつけら

れた思考回路が停止していた。

 少女の視界に写った少年は、彼女と目があったや否やその場を立ち去り始めた。

 そんな彼の姿を見た所で少女は漸く正気を取り戻し、彼の元へ向かって地面を強く蹴っ

た。

「な・・・カイル、何でアンタがここに居るの!?」

 カイルに追いついたエイミーが強い口調で尋ねた。

「ドSな魔道士が居たから面白くて観察してました」

 エイミーの声に反応したカイルが振り向き、ゆったりとした口調で返す。

「アンタがあたしを助けたの?って聞いてるの!」

「一応そうなりますね」

「あたしは助けてと頼んでないのになんて事すんの!?」

「あれ?君は怪我を楽しめる趣味も持ってたのですか?」

「そうじゃないわ!!」

 エイミーの言葉が更に強くなった。 

「あ、ごめん、僕には君がドSに見えたけど実はMだったなんて知らなかったからついつ

いすぐに助けちゃいました」

「ちっがーーーーう!!!

 エイミーの叫び声が辺り一帯に響いた。

「今度からは多少傷を負った後で助けますね、それじゃまた」

「だから違うって言ってるでしょ、聞いてるの!?」

 エイミーが叫んだ時、既にカイルはその場を立ち去った後だった。

−何よ、折角このあたしがお礼を言ってあげようと思ったのに−

 エイミーは、カイルの後ろ姿を見ながら地面に向かって呟いていた。



 


翌日‐


 とりあえずという形で辺りの探索を行ったカイル。セザールタウンへ帰還した頃には空

の主役が変わっており特にやる事も無く自宅で休む事とし、再び空の主役が変わった所で

目を覚ました。昨日は冒険者としての第一歩を感じ取れた事もあり、今日はギルドセンタ

ーと云う施設へ行く事とした。

 家を出たカイルは謎の羊が言っていたあっちの方を探し、それなりの時間を掛けた所で

ソレらしき建物を見つける。

 中に入ると、カイルに近そうな雰囲気を持つ冒険者、強そうな装備品を身につけた熟練

者の様に見える冒険者と多数の冒険者の姿が確認された。

 仕事がもらえる場所だしなんら珍しい物でもないな、とそれらの人に全く興味を示さず

受け付けを行なっていると思われる女性の元へと向かった。

 他の冒険者の受付が終わるまで暫く待った所でカイルの受け付けが始まった。彼女の説

明によるとここではギルドと呼ばれる組織への入隊する為の補助を行ったり、ギルドセン

ターが請け負った仕事を冒険者に斡旋したりするとの事だった。

 カイルが女性からの説明を受け、『何か仕事はありませんか?』と尋ねて暫く悩んでい

ると、女性がカイルに対して暫く質問を行ない彼の実力を確認した所で、『カイル様でし

たらこの辺りの仕事はどうでしょうか?』と提案を行ってくれた。

 

【南の洞窟に居るゴブリンを駆逐して欲しい】


『最近作物が荒されるという被害が多数報告されている。そこでセザールタウン近辺に存

在する畑に罠を仕掛けた所、少数であるがゴブリンが罠に引っ掛かっていたのを確認した。

 そこで、これ以上作物が荒されるのを避けたい為にこのゴブリンの討伐を行って頂きた

いと願う。

 ゴブリンは主に洞窟に住むとされており、現に洞窟の探索を行った冒険者よりその存在

の報告を受けている。

 まずは南の洞窟に向かいゴブリンを駆逐して欲しい、数は多ければ多いほど良い。

 討伐の証拠品は彼らの被っている帽子を持ってきて頂きたい。』


 依頼書を確認したカイルは、自分の持っていたゴブリンの知識を元に、この依頼を受け

るにあたって特に問題ないと判断し、受ける事にした。

 頑張ってください、と女性の声を背に受けカイルはギルドセンターを後にした。


 セザールタウンの南門から出たカイルは平原を南に向かって歩き出した。道中、他の冒

険者や昨日カイルを襲ってきた魔物の姿を見たが特に気にする事も無く歩き続け、暫く歩

き続けた所で洞窟の入り口らしき洞穴を確認する。周囲と洞穴の入り口付近の安全を確認

し注意深く洞穴の中へと入った。

 洞穴の中を入ったカイルは周囲の気配に気を遣いながら一歩一歩慎重に歩みを進め、暫

く歩みを進めた所で気配が変わる事に気付いた。

 何物だ、とカイルは視線を気配のする方へと向ける。

 視線の先に写るのは飛来する生物、コウモリだった。

 驚かすなよ、と小さく呟いた後自分に向かって突進をしてくるモノを剣の柄で打ち落と

す以外は特別気に止める事無く歩みを進めた。

 コウモリの襲来を受けて暫くした所で、

「キッキッキーッ」

 生物の鳴き声の様なモノが聞こえた。

 その声が気になったカイルは、その声がする方へと視線を巡らせる。

 視線の先に写るのは、背丈は子供程で緑色のふっくらとした身体をした生物であり、

右手には武器の様なもの、頭には三角の帽子を被っていた。

(俺が持ってる知識通りだな)

 目の前に居る生物が、依頼主から受けた獲物と確認したカイルは数を確認した。

 この数なら踏み出しても問題ないと判断したカイルは獲物の目の前に向け踏み込む。

(今回の依頼は目標の駆逐)

 何の躊躇いも無く鞘から剣を抜く。

 生物に向け踏み込んだ勢いを生かし、剣を上から下へゴブリンに向かって振り下ろす。

 カイルの、斬撃に襲われたゴブリンは、断末魔の悲鳴と大量の鮮血を流しその場に倒れ

こむ。

 一瞬の出来事で何が起こったか分からないのか、他のゴブリン達は暫くその場で固まっ

てしまう。

 その隙をカイルが見逃す訳も無く、次のゴブリンを視線で捕らえ、其方に向け身体を捻

り足を踏み出し今度は振り下ろされ地面スレスレの位置にある剣をゴブリンの足元から天

井に向け振り上げる。

 思考の停止したゴブリンは、カイルの残撃に反応する事が出来ず、そのまま股下左側か

ら右肩上部に向けて切り裂かれる。

 そして、大きな傷口から鮮血溢れさせながらその場に倒れこんだ。

 生き残ったゴブリン達が漸く時間が経った所で状況を理解しカイルに反撃を試みるも、

その抵抗も虚しくその場に居たゴブリンはカイルの手によって総て退治されてしまった。


−俺達が何か悪い事をしたのか?−

 

 倒れつっぷしたゴブリンが、その様な事を言っている様な気がした。

 

 ゴブリンの小隊を殲滅させたカイルは更に洞窟の中を探索し続け、他のゴブリン小隊を

見けると同様に殲滅させる事を繰り返していた。

 その様な行動を繰り返しカイルの道具袋の中にある程度の帽子が集まったところで、

(人?冒険者?)

 カイルの視界に、視線を地面に向けて落とし座り込んでいる人の姿が映った。

(なんだろう?)

 人の様な物体から液体の様な物がポタポタとゆっくり落ちている様に見える。

 もしかしたら瀕死の重傷を受け身動きが取れなくなってるかもしれないと考えたカイル

は物体との距離を縮める事にした。

 距離が近付くにつれ物体を詳細に確認できるようになった。

 その物体はどうやら女性らしく、腕には何物かによって受けた斬り傷が見られそこから

赤い液体が地面に向けてゆったりと落ちている。女性は苦痛に呻きながらも地面に向けゆ

っくりと滴り落ちる液体を止めようとしているところであった。

「あたし、死んじゃうのかな・・・?」

 少女の呟く声が聞こえた。

「あはは・・・ちょっと調子に乗っただけなのに・・・血が・・・止まらないよ」

 少女の声が曇り始めた。 

 その声を聞いたカイルは、仕方ないが少女を助ける事にした。

 それにしても聞き覚えのある声だなと思考を巡らす。

 彼女との距離を詰めた所で、

(あーこの娘か、確かこの娘って実はMだったんだよなぁ、どうしよう?もう少し痛みを

楽しませてあげた方が良いのかな?)

 カイルは少々悩んだ後再度エイミーを注視して、

(と思ったけど痛みを楽しんでるみたいじゃ無さそうだね、どちらかと言うと傷に苦悩し

てるみたいだなぁ、傷を手当てする方法も分からない見たいな感じだね、ここは助けた方

が良さそうだ)

「えーっと・・・そこの自称美少女さん」

 カイルは傷を負ってその場に座り込んでいるエイミーに声を掛けた。

 突然響いた声に対し『えっ』という声と共に驚きに溢れた表情でカイルを見つめた。

 しかし、次の瞬間エイミーはカイルに向けた視線を壁に向けて大きく外す。

「な・・・何よ、あんた何しにきたの!?」

 エイミーはカイルを横目で見ながら呟いた。

「ゴブリンの討伐をしに来ました」

「じ・・・じゃあさっさとゴブリンを倒しに行ったら良いじゃない」

 エイミーは視線を落とした。

「そうしたい所だけど既に道具袋が満タンな訳ですよ」

 エイミーはカイルに向けて横目で一度だけ視線を送り、

「だ・・・だったらさっさと帰れば良いじゃないの?」

 そう言い放ったエイミーは再度視線を外す。

「え?この状況で帰れってやっぱりドMだったの?」

「何でそうなるの?」

「いや、だって、さっきまでは死にそうとか言っておきながら助けに来た人を帰れって言

われたらねぇ?」

「な・・・」

 エイミーの顔が赤くなって、

「あたしがそんな事言う訳無いじゃない!!!

 エイミーの声が洞窟一帯に響き渡った。

「ええ!?」

 実は僕の聞き間違いだったって事?

「つ・・・」

 エイミーは腕に負った傷を抑えながら苦痛に呻いた。

「んー?やっぱきつそうじゃん」

 カイルは彼女の傷のやや上方に手を当て印を結ぶ。

 その動作に対してエイミーがカイルの手を払おうとするが、傷の痛みのせいで思うよう

に手が動かす事が出来ず、カイルを睨みつける事が精一杯だった。

 その後、カイルの手に白く柔らかな光が集まりだしたかと思うと、エイミーが負った傷

がゆっくりと塞がっていった。

「なんて事するの!!!」

「えぇ!?回復魔法使って治療した方が早いと思ったからそうしただけなのに」

「あんたの助けが無くてもこれ位の傷自分の力でどうにかなったわ!!!」

「うぅ、ごめんよ、じゃあ僕が傷の再現をしてあげるからそこで止まってて」

 カイルは鞘からゆっくりと剣を引き抜いた。

「燃やされたいの?」

「え?」

「だから燃やされたいの?」

「そんな事言われてもなぁ、どうしたら良いか分かんないから僕は帰りますよ」

 カイルは道具袋の中からピンク色の巻物を取り出した。

「ちょ、それ・・・」

「え?何?帰還の巻物だけどどうしたの?」

 エイミーはカイルの手にした帰還の巻物をまじまじと見つめた。

 その視線に気付いたカイルは、

「ん?これが欲しいの?」

「違うわ、私が使ってあげようって思ったの」

「んな事言われてもコレは僕のなんだけど」

「あら?貴女はか弱い乙女がダンジョンの中で野垂れ死んでも良いと言うの?」

「いや?別に知らない人冒険者なんか世の中でゴマンと死んでるだろうから君が野垂れ死の

うが僕は知った事じゃないですが・・・」

「何よッ」

 エイミーはカイルを睨みつけた。

「・・・こんな物が欲しいなら欲しいと言えばあげるけど」

 段々めんどくさくなってきたカイルは仕方なく帰還の巻物をエイミーに手渡す。

「私に使って貰える事を有難く思いなさい?」

 自分に渡された帰還の巻物を手にすると満面の笑みをカイルに向けた

「感謝するのはテメーの方だろ・・・」

「何か言った?」

「感謝するのはテメーの方だろ、と言った」

 カイルが言い直した時には既に彼女の姿はその場から消えていた。

 仕方なし歩いて帰るとするか、と洞窟を脱出しセザールタウンへと戻っていったのであった。



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